9月

 


9月3日(水)

ちいかわみたいな誤配が周りで起きすぎる。誤配というべきか、たとえば技法を書くべきところに取ってつけたグループ名やアーティストネームのようなものや考えを書いて提出されたりとか。照れ隠しのような名付けが選択される場で事務を行うことが多いのだ。疲れる、てかうんざりする。みんなの自意識の強さに辟易としてしまう。今日もそうだった。再提出をお願いするのもおかしいので、そのまま通す。未来のその人の黒歴史に華を添えたかもしれない、が、まあ、知らん。尊重とめんどくさいの合間で揺れて、そのままにする。なんか、名前を誤魔化すということは(個々人の思惑は誤魔化すとは違うだろうが)申告をキャンセルする動きだな。役所でもやったらいいのに。バンド名みたいなの書いて、社会を実際に混乱させてよ。

誰かになんか教えるなかでも「やってもらう」のは最も難しい。やってもらいながら、ゼミ的なものの研究テーマからはみ出すぎないように、二十歳くらいの人のことを巻き込み直し続けるというのは本当にどんな声で語りかけていいかわからない。相手あってこそ。だから私のやる気が空回らないように、なるべく手ぶらでいようって感じ。でも、やればやるほどに嫌な気持ちになる可能性もあがるな。無理にやらせることと、一緒に考えることの違いがわからない人もいる。抑圧とか感じたことないんだろうな。幸せなことだ。本当ならお金をもらわないといけないものも、まあバランスでなんとかやれるので、その分の贈与。




9月8日(月)
インスタのおすすめにかなり前の元彼のアカウントが出てきた。パートナーとかみたいに思えたことはない。恋して、そのあと時間をかけて嫌いになっただけの一時的な相手。あまり更新してないプライベートなアカウントなのに鍵かけてなく、出会い厨で草と心の中で冷笑してしまう。誤いいねを絶対にしないよう、外科医がメスで皮膚を切るみたいに(ていね・ていね・ていねいに…)スクロールした。




9月11日(木)
仕事終わり、すごい雨。傘買う代わりに雨宿りのためにカラオケに行ってYUIを熱唱。ストーリーズにカラオケ画面をあげる。平成に青春を過ごした者ら歓喜。




9月13日(土)
つがちがこっちに来ているので大手町で待ち合わせして、art center NEWへ一緒に行った。私は橋本聡さんの作品が見たくて。小山君、阪口君がパフォーマーとして出演。小山君は壁に石を投げ、阪口君は同じ壁の別の場所に包丁を突き刺していた(実際には何に向かって…)。阪口君、今夜悪夢見そうだ。つがちは同じ会場でアジアのコレクティブが集合してるフェアを目当てにしていた。そのイベントで同時にやってたトーク(盛りだくさんだ)で、伊藤亜紗さんが小川さんの質問に対して正面からは答えずに自分の考えを端的に述べているのが面白かった。「コレクティブをアートから語ろうとする時、大きく見れば資本主義に対抗するようなことばかりがテーマになっている。そうでなくてもいいはずなのに。」というようなことを言っていたはず。オルタナティブという在り方自体が形骸化しているように見えるという指摘にもおもえる。反体制の紋切り型が、アートプロジェクトになることで極端に言えば戯化される。問題がテーマ化し、別軸の評価というものに秘匿されてしまう。(一方で、アートの中で起きている実際の問題は一生着手されない。アートワールドは実際の社会のはずだが、プロジェクトや作品などになることで別の問題へ取り組み、そのユニットは個別に相互不干渉な結界を引くことが可能となる。卑近な問題の渦中から逃れて、異なるコロニーを作ってしまう。)
池田さんが亡くなったあとで、横浜がBankARTを追い出し、その場所でなんか催していることへの居心地の悪さがある。でも6月にオープンしてからたびたび訪れている。明らかに、BankART時代よりも高い頻度で。



9月17日(水)

滋賀県立美術館の展覧会の設営立ち会い。私は機材に触れてはいけない。設営をしてはいけない。近くにいるだけ。私の作品でありながら、展覧会となれば作品は私のものから社会のものになるんだってことが感じられる。インストーラーの作業を見守るというのは、いつもソワソワして慣れない。壁の材質のせいで、犬のドローイングカッティングシートが貼り付かなかった。それを壁にくいつかせるために、男たちがくまなく温め、ペチペチ叩く。正直爆笑した。

重要文化財とか、博物館や美術館のコレクションから借りてきた絵とか、そういうのがたくさんある。ここに泊まりたい。絵が静かにしている空間で怖がりながら眠りたい。私の展示室の直前は、西郷隆盛が犬の散歩してるグラビアの掛け軸だった。激渋。これも爆笑。



9月19日(金)

展覧会のオープニングセレモニー。化粧がめちゃ上手くいってうれしい。スピーチで、誰かとなんかすることの共同性についての抽象的な提案と、犬との関係性のささやかなドラマを楽しんでいただけたら。みたいなことを言った。平易な言葉で作品を説明することができると気持ちいい。



9月23日(火)

パラダイスの仕事を休んで、よだちゃん&坂藤ちゃんが企画したフリマイベントに参加した。いつから仲良くなったんだっけ。理由とかは特にないけどなんか知らないうちに好きだ。みんないい人ばかりだったな。水性の前のレストランから小学生が私の店に来て、「布びっちり石」を、これいくら?と小銭をじゃらつかせながら買おうとしてくる。1500円だからやめときなとは、とても言えない雰囲気。さていくらにするのが妥当か。私にとっての1500円は、小学生にとっての100円と大体同じくらいだろうか。それなら買ってやらんでもないって感じだろうし、こっちも売ってやらんでもない。その場限りで100円で売った。子どもが自分の金で買おうという対象にしてきたことが嬉しかった。出来上がったのでお届け。シンペイ君とユニちゃんが窓越しに見守ってくれた。



9月24日(水)

CSLABの講座完了。今日はその振り返りだった。みんなでご飯とか行こうかなど思ってたが、疲れたから帰った。

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振り返り用のメモ:

①パフォーマンスとパフォーマティビティについてのレクチャー
②施設や街の観察によるフィールドワーク
③ディスカッション&制作(仮説立て)
④設置&観察&実施
⑤振り返り
・・・のプロセスを通して、空間と人との相互作用を実践的に考察。

観察では、空間や行為がもたらす、自分と他者の経験やできごとの連なり、数、手触りに着目し、個別にメモやドローイングを制作。その共有と、CSLABでの実証実験に向けて物を動かしながら「何かが発生する」条件を探って仮説を立てた。

検証では、それが実際に何を起こすのかを手入れを通して実践した。

(つまり、CSLABで普通にいつも起きている物事をそれぞれの視点を持って観察したり、追加したりした。という感じ)


やったこと:

・屋内で長時間走ったらどうなるか(物理的に空気が入れ替わることで、イベントの非参加者の振る舞いは変化するのではないか?)

・放置されるゴミが目立つ(作品のように)テーブルがあればゴミは持ち帰られるのではないか?

・普段ソファで寝ている人は、坂道が現れたらどう使うのか?(そこでも寝るのか?)

・物が減ったら行為が増えるのではないか?(物が行為を堰き止めているのでは、澱ませているのではないか)

・非常にささやかな色や質感の差を持たせた手作りの小さなマットを敷いたら、そのマットに合わせたミニマムな過ごし方が観られるのではないか?

・畳でスペースを作ったらどのように使うか?

など


実施後に検証結果抜粋(ディスカッションより):

・長時間走る[イベント]りと

列になって走ることで壁が移動しているような圧が感じられる。一緒に走るとなぜか友達になっちゃいそうになる(その危機感もある)。知らない人が応援してきた。途中で離脱して別の利用者の横で佇んでいてもへばってる人として共通認識があるのでなんとなく大丈夫だった。この共なり感。


・ゴミの目立つテーブル[設備]みんな+うら

スタンディングデスクよりちょっとだけ低い。青いテーブルクロス。その上にやすったりした木材をちょこちょこ積み木のように載せる(麻辣麺の鷹の爪のように)→積み木遊び発生確認。作品だと思ってテーブルとして使わないという配慮が発生していた。施設運営の側面からすればゴミ放置の利用者も、他人の作品には一定のリスペクトフルな一面があるようだった。


・坂道[設備]だいや&大澤

意外と寝れない。滑り台になっちゃう。もはやソリを導入したい。坂道の上と横と下で違う使い方ができる。家具だし作品だし遊具だし設備でもあった。


・物を減らす[設備]綱川

単純に展示がしやすくなった。走るイベントもやりやすくなった。本講座の後の別の企画においても、使いやすくなっていたように見えた。


・ちいさいマット[設備]篠田

土足では使ってなさそう。座るには厚さが薄い。ソファの前に置くと足置きマットになってしまう。手触りや色から受け取られる質感は機能しているように見えた(2週間設置したままにしてもきれいだったので)。


・畳スペース[設備]むーたたwithつむ

スペースは公開後数時間で1畳ごとにバラされ、一時占有×6名分の形にへんけいした。また別のひとは先述の坂道に乗っけて寝心地をよく整える素材として活用した。畳を組み替える様子から主体性を感じ、配置からはその痕跡が見えた。


・筒の設置[設備]ここどこさん

壁に黄色い筒を設置した。気づいたら落ちて無くなった。誰かが持って帰ったか、捨てた?(他のゴミは放置されてるのになぜ…?)壁の隙間から黄色が見える。目の端に色が入るというサブリミナル。サブリミナルは観測できない。やってること自体気づいてなかったメンバーすらいた。大きな空間に対してめちゃ小さな視点を持ち込む。なんで?そして別のものへの感度は本人はどう捌いたのか?(本人は振り返りに参加できず。)


・細い通路[設備]大澤

自立壁を中途半端に寄せて通路を作った。キャットウォーク。通ってる人結構いた。入って、出た時に楽しい…動かせるものしかないところで、一時的でも固定してみると逆に空間が有効化する感あり。