2024/05/04
家族に会いになぜか埼玉の辺鄙なところへ行く。小川町というところだ。こないだ都営線の小川町駅を調べてたら小山君がぽつりと埼玉の同じ名前の駅のことを言っていたが、まさかこんなすぐにその駅の名前をナビタイムで調べることになるとは。行きの電車で植本さんと滝口さんの往復書簡を納めた「さびしさについて」を読む。だれかと手紙のやり取りがしたくなる。植本さんが中3の時に受験について考えていたことと、その子どもが中3になり受験のことで悩んで色々決めようとしていることなどが少し書かれているところを読んで、「わたしは何か分岐に立ちどちらかを選んだりあまりしてこなかったな。諦めたり、なにかものすごい挫折をしてそこから立ち直ったりをしないできたな。」と、ひとの話を読んで、自分のことを思い返した。 正直なところ、家族に会うのにわざわざ遠くへ行ってそこで家族のもろもろをするのって変だとおもう。だから苦手だった。昔大学生のころにも、うねとそういう話をしたことがあった。 これまで仲良くなった友達の何人かは、親のことを下の名前で呼んでいた。そういうのがあるんだ、と小学生のころ転校してきたナナの家に遊びに行った時おもった。そういえば中学のころ帰宅した時に、私がナナの母氏から借りた「ホットロード」を誰かが(たぶん母だ)読んだ形跡があったのを、そういうのいいねーとおもったっけ。ものすごくちっちゃな記憶の類だ。「崖の上のポニョ」をみた時に映画の中の親子関係が名前呼びだったので、ナナんちのやつじゃん、と思ったこともあった。うねんちもそうで、そのときにはポニョんちのやつ、とおもった。わたしは高校生以降父母のことをなんて呼んだらいいかわからなくなってしまって、なるべく呼ばないで済む文法を採用しつつ呼ばざるを得ない時にはトチャン(父ちゃん)、ママ、と短く、口をほとんど開けずに言うようにしており、いまだにそうだ。恥ずかしいのだ。なんとなく妹と父、弟と母がわりと仲良く、わたしはなんかちょっと浮いてるっていうか。いまいちずっとうまくやれないままでいる。 家族のLINEグループへ、なんか「向かってます!」というのをスタンプで送ろうとして、何なら変じゃないかな?と少し悩み、忍たまを父は知らないかもしれないのでドラえもんを送る、ということを繰り返しているけれど、忍たまのことを教えてあげたっていいよなあと思ったりしたんだよね、とい