2月と3月

 


2月22日(日)

大学生の男が友達をコネクションのように捉えていたのが嫌だった。この加速の中で協力=コラボみたいな関係だと思い込んでしまうこともまた仕方ないのかもしれない。コラボは両方の客を呼んできて広告的に相乗する。それが、友達になる前提に組み込んで適用しようとしてしまうのはあまりに悲しいと思った。てかそれは友達じゃねーから!



2月26日(木)

一部のジャニオタが非倫理的なことは認めざるを得ないし、事務所の体質は旧体制からなにか実際良くなったのかといえばよくわからないところもあり、ルッキズムと権威主義の権化であり、という意味でかなりイデオロギーのねじれがあり、非常に肩身が狭い。



2月27日(金)

なんか、もうだめだ…という気持ちになる。展覧会の燃え尽きを先延ばしにしてきたが、本ができて、まじで燃え尽きを感じる。まだ刷り上がってもないのにめっちゃバーンアウトで心が落ち着かない。

他の仕事が無くなる不安もあるし、なんか次の展示の予定あるんですかと聞かれてもまだわからないことしかない。助成をもらってプロジェクトやるのも、通らなければできない。細々と、続けていくこと自体はできるけど、プロジェクトが重たくて、制作するためのお金をセーブして生活をしないといけない。やりたいことはいっぱいあるのにやりきるたびにすっごい落ち込む。とか言ってると、めんどくさがられて仕事来なくなるかもという不安がつきまとう。


事実の彼岸を跨いで、加害者と被害者が、被害者と加害者、加害者と加害者、被害者と被害者として無言で見つめあっている。むこうの岸辺には、流行病を治した男たちが車座に屯して、こちらの岸には倒錯者のレッテルがついた者が点々と、集わずに立っている。倒錯者の中には、母親、身体改造愛好家、音楽家、画家がおり、私は、名を伏せなければならないキュレーターや研究者たちとともに川の付近の部屋の中で、その河原にいるというふりをしている。



3月6日(金)

母と韓国旅行へ。未就学児ぶりの母とサシの長時間。飛行機に乗りながら母が私の子育てをプレイバックする。外出先で泣がない子どもだったこと。母は私に「ばか」と言う言葉を言わなかったそうで、幼稚園から帰った私が「ばかってどういう意味?」と母に聞いたのだと、誇らしげに母が語った。意地悪されたり、やり返したり、蝶々が怖かったり、友達ができなかったりしたこと。懐かしむ母が語るその子どもは、なんか、まったく私だとは思えない。母の記憶の中にいる小さな子どもの私は、記憶の中にしか居ない。ここにはもういない。その子をどうやって大切にするのか考えないとな。悲しくなった。どうして子どものまま古くならないのか。子どものまま錆びたり黄ばんだりしたかった。



3月7日(土)

母と話す時、どうしても喧嘩腰になってしまう。母との時間のために知らない街を調べてアテンドし、そんなに欲しくもない服を半ば話題のために買ったりしながら、プリプリプリプリ怒ってしまう。いろんな物がある。何百種類のネックレスが壁一面に並んでいる。そのデザインを眺めると、品物に心が吸い取られて、若干心が安定した。私の心の中にあることを言葉にすると、ピリピリとして、私はさらに不機嫌になった。ママも嫌な気持ちになる。我慢してくれていることもわかるし、私だって我慢している。こんなふうに母のことを傷つけながら私にしか聞こえていないこのマイクロアグレッションを指摘するのももう嫌だ。YouTube何見ているの?って聞いたら旅行とか料理とかだが、ふと目に入ったショート動画は被害ナショナリズムを語っていた。それが見えるようにしてくれたのも、私との共通言語を探るひとつなのかもしれなかった。もう嫌だ。ただ私が楽しそうに公園で遊んでいるところを遠くから眺めていたみたいに、どうしてしてくれないのかな。




3月23日(月)

電車が一時間半も止まって、それを待つ間暇すぎて全てが嫌いになった。全員のことが本当に大嫌いなんだ。ぬいぐるみやポケモンのことだけが好きなんだ。この気持ちに寄り添ってもらうために調整しないといけなのも嫌だ。今すぐには死ななくても、この気持ちがこのまま大きくなったらきっと死んじゃうと思う。本の入稿が終わってから、ずっと不安で仕方ない。もう、彼氏や友達のLINEだって全部ブロックしたい。仕事で必要だから使い続けているinstagramで、嫌いな人からいいねがくるのも耐えられない。鑑賞者が馴れ馴れしくてむかつく。近くなりすぎるとおかしくなるから、私はある程度、線を引いているのだが、入れそうに見えるのだと思う。

理由はないけど西日暮里の駅にあるベックスで涙が出てくる。これまで、半分本気、半分冗談で、未来のオタクに期待って思ってた活動してきたけど、そんなやついないんだよ。自分できっちりやり切るしかない。ゲームとかしてるうちに全部上手くいって欲しい。



3月25日(水)

忙しい気持ちが抜けて、日記書けるようになって来たかも。言いたいことがたちのぼってくるようになった。今日は就活(というのか?)の面接だった。面談先の人が同伴分動態展のことを知ってくれていて、そんなことがあるんだなと思った。結構上手く話せた。面接のための資料を準備していて、自分がこの10年ほどで頑張って来たことの振り返りにもなった。資料としてMBTIと「モチベーショングラフ」なるものの提出を求められた。これも、本当にそうなんだなとおもった。6歳から現在までの自分の性格や転機となるできごとをグラフにして人生や浮き沈みを表す謎の表だが… でもこれもつくるのなかなか面白かった。多分働くことになる。

国会前でデモがあった。なんとなく、政権への抗議で街に出るのはやる気が出ない。なぜだろう。20代の頃は、それこそ集団的自衛権のときにデモいったが、なんか、作品も作ってるし、パブコメ出してるし、てか選挙で意思表示してるから、デモに行かなくても、直接的な行動ができているという気持ちがある。カウンターはやる気になる。



3月26日(木)

荷物を減らしたい。もしも荷物をすごく減らして、月1万円くらいの倉庫に全て納めることができたら、その浮いた家賃で旅に出ることができるだろうな。そうかんがえながら電車に乗って、美学校に向かう。隣の席の女の子から唐揚げみたいなにおいがする。マスクをつけてもする。5分くらい遅刻した。

齋藤さんと晴矢さんがYouTube撮影の打ち合わせを隣でしてるのを、聞きながら作業。なんか進学校の男子校みたいなノリそのまんまで、世の中で流行ってるもの、令和ロマンも菊池風磨もそうやな、とおもった。みんなYoutubeやってるな。



3月27日(金)

はー。3年前のわたしの気が効かなすぎたな。沖さんの最終講義の機会を設けて記念すればよかった。みんなに会いたいなと思って花見に誘ってみたけど全然連絡が返ってこなくてなんか嫌だな。いじけてしまうよ。

ソル・ルウィットが、アイデアは奪うことはできない。独占することもできない。与えることしかできない。的な名言をいってて感動した。せやな。でも、アイデアは、持っておくことだけというのもできない。ノートに書いたり、作品にしたり、人に話したり、実践したりしないと、その存在を確認することができない。アイデアというのは。

「進撃の巨人」再履修。中学の時に読んでたらアヤカ・アッカーマンとしてオリキャラTwitterやってたに違いないんだよな。



3月28日(土)

大学のめーちゃめちゃ大事な友達らと久しぶりに会えた!お花見は気楽でいい。みんな結婚したり子どもがいたりする。キャリアが変化していたり、まぁそれは私もか。10年ぶりじゃね!?とかいってたら実は3年前の同じ花見で普通にめっちゃ遊んでた。3年って最近かなーと思っていたけど、それなりに時間が経っているんだな。ということは、武蔵美で個展してからも、3年か。たしかに、自分の活動も深まっている。



3月30日(月)

美学校で壁を作った。えらい。



3月31日(火)

着手途中のこと・・・NARUTO実写映画コスプレ作成、連絡/認知症リサーチ、ゲーム制作/「請け負い」/参照可能性論アップ/ウェブサイト更新/全作品リスト作成/

当事者不在の中でどう呼ぶべきか(たとえば障害のある人)、言い方を調整するか、とかは、いろいろとスキップしてハウツーを勉強するのではなくて個別具体に知っていくことが必要だよな。着手よりも知っていくことの方がはるかに大事だ。