7月4日から11日



7月4日

洗濯、皿洗い、美学校で不用品整理と雑務などやった。自分ちは押入れとかどう扱っていいのかわからずほぼデッドスペースのまま床に段ボールが直に置いてある。押入れのものを全部出して奥にしまうべきものからしまってしまうべきか否か。いずれにしてもめんどくせー。

昔の作品、再制作をした方がええかも。なんか作品として形をなしていない。新しいものも、かなり形がないものが多い。


7月5日

「9魔エレメンツ」Tシャツ着てチャリかっ飛ばし一番近い映画館に行った。斎藤潤一郎さんの作品つうか特にTシャツは、フェミニズム的であるとの私の独自解釈がある。そのつもりで着ることでそうなっているところもある。今日も当然そのつもりで。



7月6日

初めてひとから「ナイーブ」だと言われて、え、まじ?とおもってスラング的に使われてるほうの意味を調べてみると「言われたことを必要以上に重く受け止めてしまったり、過剰に反応してしまったりする人」とあり、過剰とは?とおもった。これが後にそれなんだっつーの、、、という落語のような状況に。

「一日を素直に頑張る」というのは本当に難しい。よーく吟味してるうちにMADな心に。いいライブみて最高な気持ちになり、しかしご飯食べたら切り替わってしまってまた最悪な気持ち戻ってきちゃって、かなり不健全な生き方をしてしまってるなあと思った。

「ストレス解消」という言葉がすごい嫌い。バイオレンスなことが肯定される響きを持っている。そういう悪さと、わたしの不健全さには近いところがある気がする。

それとは全然関係ないけど『パンダコパンダ』ってきしょすぎ。



7月7日

8:00から16:00までずっと酷暑の中外に居たら流石に体調やばくなり、主催の人に「病人とかいなかったんでしたらよかったです」とはんなり意見伝えるも、来年も同じ時期に開催する感じかもな。それなら参加は厳しいかな。熱中症辛い。

asamicroさんのワークショップは素晴らしかったし、みんなのアイデアが盛り込まれて場に最適化されてゆく。パラダイスエアのみなさんの良さが、きらめいていた。

その様子に参加しながら、アイデアを子どもが追加してアレンジしていくローカルゲーム。その交通整理者をやるような仕事を、そう遠くないうちに一個やりたいなと思った。

帰って鬼太郎の映画観る。沢城みゆきの鬼太郎は流石にやばくて、鼻血とか熱とか出るかと思った。やっっっば!とでっかい声でた。というわけでアニメ5期(高山みなみ)を見始めた。コンビニでお金足りなくて平成ギャル猫娘から小銭借りる鬼太郎、かわいい。鬼太郎はショタコンテンツだという指摘を目にして、そんなふうに偏向するのやめてけろと思った。3歳か4歳の頃、初めて色鉛筆でちゃんと塗り絵できた時から好きだよ。



7月8日

特に何もなし、力尽きてから全然回復せず仕事しながら白目剥いて一日が終わった。暑いのは嫌いだけど寒いよりはマシ。水がぶ飲み、汗だく、その繰り返し。



7月9日

あさ久しぶりの友達から実家がどうのこうので大変なのだという連絡が来ていた。寝落ちしていたので電気が全てついてた。電気つけっぱなしで寝ると目が乾くのはなぜなのか。

あさから晩までずーとミーティングし続ける火曜日が今週もやってきた。今日は何かが掴めた日でもある。夜はボビー、サヒール、ジャビットのプレゼンを聞く。未来道具のWSは感傷的なタイトルのひみつ道具のようで興味深かった。ボビーの過去作のプレゼンを聴いて、わたしもモー娘。になる夢(?)を作品の中で叶えるっつうかアイドルに歌って欲しい歌を作品でやるという方法もあるのか。と思ったりした。バスクから来たマイデがナイスで、ダイナミックで、大好きだなーと密かに思った。去年来たルティンも面白かった。バスク行ってみたい。どんな場所なのだろう。次に来るアーティストはディガーとCVに書いており、かなり楽しみ。名前の読み方わからない。切れ痔になったかも、最近座り過ぎている。

本を2冊真鶴出版で買い、灰皿を中野さんから買った。家に帰り、最近の仕事についてフリートークするAIの英語のレッスンを受ける。コーディネーターとして大切なスキルはなんだと思う?と聞かれて、チームと満遍なく仕事の状況をシェアすること、と言語化し、我ながら、いや本当にそうだな、と思った。



7月10日

話すべきことを話して、それだけでとりあえず気がおさまる。忙しさにかまけて、ずっと積極的に動かさない。なんだかおかしいけど、でもそれでいい、そういうことで生きてこうっていうような、そういうことなのかもしれない。別に困ってもいないけど、、



7月11日

朝、宮田さんのリサーチに同行。野瀬さんも。ひとつの空間に色んな機能が点在して影響を与え合っていて、いろいろ転がったままになっていて、かなり展示室のイメージにも参考になりましたー。きゅうりを育てるために支柱をやるの面倒くさいからとうもろこしを一緒に育ててとうもろこしの茎に巻きつかせるとか。用の美だった、畑は。物が気分でその場に置きっぱなしにされるのも好き。ゴミは捨てろだけど(CSLABを思い出しながら)物は一気に移動しないでおいとかれる期間があり、そうして飾られてるうちに用がなくなるくらいがいい。用がなくなっても捨てないで、そこに放置されたまま空間に要素を足す。そういう物のありようによる教育。空間的学習。そしてあるとき急にそれが一瞬だけ必要になる。

夕方からは美学校。小田島さんと爆喋りする6時間だった。初対面ながら、知ってる人の中で3番目くらいに気が合うかも、若干陰謀論支持じみた意見をそう指摘するのもアリ。わたしはランディ・マーシュ的人格があり検索するのも大好きだが、小田島さんもそういう感じにみえた。それぞれ欲望の限りただ日々調べて知っている正しさ不明の眉唾情報を並べまくるのが楽しかった。正しさはただそれぞれの心のうちにある。デザイナーとしての仕事みてるとそんな感じだと思わなかった。キッチュなサブカルシティボーイかと。。そうではあるのだが。。若い時に作ったと「MUSIC FOR SUPER MARKET」のレコードを見せてくれて、名盤だから再販されたのだと言った。それに対して、本当か…?とか思うのも面白い。

美学校で初対面するというのは、立場に関係なくそこに辿り着けるという時点で何かしら面白い人なのだろうというのと、反面、やばい変人だったらどうしようという不安とが混ざり合い、それでいて(だからこそ)なんかすごい人も身近に感じられ、なおかつ貧乏くささも10倍に感じられる。そういう環境で初対面するということなのだ。無駄な格好がつかないともいう。特に夏は曝け出される。気に入っているTシャツはすぐにヨレヨレになる。何が好きなのか、嫌いなのか、すぐにバレてしまうのが夏。。