2024/04/06



高田馬場へ到着すると、早稲田口から駅を出て脇にある喫煙所へ当然のように足を運んだ。人とぶつからないようにして半透明のパーテーションを背にして立ち止まり周りを見渡すと、他所の喫煙所と比べてこの高田馬場駅前喫煙所にはより多様な人がいるようにチャン・ウーには感じられた。
ウーの本日の召物は白いスプリングコートにクーフィーヤを巻いたスタイルである。3/30のデモでシオニストが突撃してきた現場に遭遇して以降、日々の抗議グッズを纏うことへの緊張感はピリピリとした刺激を増している(この感触こそが特権の表出なのであろう)。などと考えながら煙草を吸い込む。

ぼんやりとしていると、返信していない連絡のことが頭をよぎった。
これまで散々アート全体に対して貢献してきたという壮大(かつ尊大)な自負が、ウーにはなぜだかあった。特に、他人のチャレンジングな研究領域に協力する仕事は――そのほとんどは少しの予算もつかぬものであった――尋常ならざる積極性を持って引き受けてきたし、無茶振りのような新作制作の依頼にもかなり答えてきた。ウーは他の人よりもそのあたりの身のこなしが華麗であるかもしれないのだが、しかしこのウーは、そろそろこればかりではよくないのではないか、とここ三年くらいずっと感じていたのだった。そしてそれを何度もその都度忘れてしまうのだった。面白そうだと思うとつい引き受けるというのを、何度となく繰り返した。
それでもういよいよアイデア枯渇した、おしまいだ、とおもっても案外いつも何かしらやることができて、このスタイルはなんなのだとの疑問もあるが、とにかく意外となんとかなり続けているので、多少調子に乗っているのではとのコメントをうーちゃんは否めないでいた。
どうやらこれまでに声をかけてくれた何人かの企画者は、ウーの仕事(?)をネットで把握し、それでなんでか面白そうだと思うらしかった。展覧会にも(かつては間接的な関心の入り口にもなったことがあるCSLABにも)来ないままに、それでどこからどうしてそうなったのか不可思議ではあるが、とにかくポテンシャルを見出されて企画に誘ってもらうことが何度も何度もあった。
それはこちらは別にいいのだけど、でも、そちらは本当に大丈夫ですか?とウーは何度も確認した。口説かれるみたいに、どうぞ前向きに検討し、是非参加していただけないでしょうかという感じで(もっと流暢な敬語によって)誘ってもらうことは、気恥ずかしくはあっても決して悪い気はしない。しかし、もしや勘違いされてやしないかとウーは心配であった。なんとかなりはしても、それでもいつでもうまくできるわけではないのでそれが不安なのである。
しかしながら、ここのところあまりにそういった無茶振りが多いので最近ではむしろその両手放しのごとき自走をまかされるがまま、無為で無責任ともいえるポテンシャルにひらけたこの時間の方にこそ面白みを感じるほどである。
なーんていいつつまだまだ可憐なチャン・ウーは、Xデーが近づくにつれ悪夢を見る。電車から降りれなくなり、刃物を持った友人から追われて実家の二階より飛び降りて逃げる夢を。そして怖すぎる!!と叫びながら飛び起きるのだ。うーちゃん、がんばれ。

高田馬場駅から降りたきりになってしまったが今日の日記はここまでである。