2024/04/21



朝風呂に入って支度をする。この6日間なにかひどく飢えたような気持ちになって毎晩毎朝ベソをかきベランダで縮こまっていたとはいえ、ギャラリーへ向かう道に生える草を観るのは楽しかったし、ひどい駄作であるにしてもよくぞ3日足らずで仕上げたとの満足と疲れと安心の余韻の湯に浸かる。今回の過集中した努力をうーちゃんはリハビリになったように感じてそれに満足をしていた。


連日の人疲れで一刻も早く家に帰りたいうーちゃんは、空港に出発の3時間前に到着した。しかしせっかく早く着いても特にすることがない。巨大な銀色のキャリーケースを転がし全ての店を回り、全ての練り香水の蓋を開けて嗅いだのち隅にある本屋にて不意に西村賢太「雨滴は続く」を購入することになった。この作は後に読むのがいいよとある筋より教えてもらっていたけれども胸の内では知ったことか次に読むのはきっとこれにするのだと決めていたのだった。とはいえ、この機会が来なければ律儀に勧めに沿った順番で読んでいたのであろうが、都合積読のウェイティングリストに500ページを差し込むこととなった。


悪天候で見通しが立たないために出発が遅れるという放送が入る。窓の外を見やると確かに真っ白に霧が空気一体全てにこもっている。玉突きした遅延の混雑で椅子はほぼ全て埋まっていたので、窓のところの浅い出っ張りがうーちゃんの暫くの拠点となった。

そこへ座り込んで60ページほど読み進めた時、ふと(クソでかい画面でキスでもセックスでもいいから他人同士の粘膜接触の様をみたい…)との慾に心が駆り出されることとなった。うーちゃんはこれまでエロでポルノな描写をとある理由にて映画であれ漫画であれなるべくなら直視することを避けてきた。それどころかゴアも胸糞も怖いのもびっくりもくすぐりも辛いのも、そういったあらゆるテイストのようなものをなるべくなら避けて、たまに見ては焦るようにして心を転がしていた。産毛の生えた桃のような心を垂らして生きていた(それは少し金玉に似ているとおもう)。とにかく速度と傾きの強い娯楽に興じること自体が嫌だった。遅ければ遅いほど捉えやすく、ささやかであればささやかであるほど自分の身体に巻き込みやすかった。それで特大のバジャイナをのぞいて、他人同士のセックスをすごくじっくり見たいとおもったのはよくよく結びつけてみれば頷けるけれども、単に汚い性欲の描写に引っ張られて心に脂っこい無精髭が生えたところもある。強い娯楽にも耐える心を知らずのうちに持っていたことに気づく。


そうしてようやく飛行機の準備がついて乗り込み、出発までの数分うとうとしながらぽちぽちスケジュールを打ち込む。例の知らない人からの情報で、かねてよりこれまた別の筋からレコメンドのあった「14歳の栞」を水曜に見るチャンスが到来したのだ。やったぜ。で機内モードにしてじっとする。


すごい加速がついて内臓が重たく後ろ斜め下へ引っ張られる。しばらくの間は先の500ページを読み進めて、それでほんの少し眠った。目を開け、なにかこの微睡んだ状況をエコーさせてくれるダウンロード済みの曲はないかと見つけた「光のロック」の長谷川白紙のカバーを聴きながら、(今足元で燃料がすごい勢いで燃えて 空を飛んでものすごいスピードで好きな人の方へ空飛んで向かってるんだ 椅子に座ってるこの大勢のひとみんなが一斉に行き先を同じに持って その執心の集う点に向かって流れ星のからだで あるいは 飛行機だけがパッとが消えて 中の有機物たちは燃える鳥の群れのような集合のまま轟音で飛んでるんだ)との空想を広げながら文字を書き込んで遊ぶ頃には脂ぎった無精髭は産毛に戻り、産毛はふわふわの羽になって健やかにしていた。


柔らかくてつやつやとした星のようなおでこに風を受けて飛行機を降りると雨が降っていてサラサラとした涼しさがなかなかに気持ちよいなあとうーちゃんは感じた。SNSをみると減ってくばかりに思えるような事項の中核を自分が担ってることを思い出し、魔法が解けたみたいにして満足さと体温が共に身体を離れ現実に緊張した。