香港その1

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飛行機の窓から見下ろすと、山がまるでタオル生地のようにゆるく波打っていた。青く靄がかかったシルキーな山脈の影、ゆっくりと濃くなっているような気もする。普段のわたしの俯瞰的観測可能高度は、せいぜい地上10メートル程度の低い視点からかもしれない。それもあくまで想像上の話だし、高ければよく、低かったら悪いというようなことは決してないけれど。なめらかな山脈を目で撫でるように見下ろしてスケッチを試みたが、オーバーオールで、フラットな山(!?)の風景とその大小を理解し手元のメモに描こうとする際のスケール感の調整にぐらぐらした。一時間の時差や為替のレート計算なども、理解を追いつかせるのに子供の算数みたいに図をかいたり。ポンチ絵が好きだから、いつかポンチ絵のポスターでも作ろうかな。視点を遠くへ置くときはすごく遠くのよくわからないけど消失点のような、強い光をイメージしている。片方しか端のない紐や1000角形(999角形とは違う)を瞑想がわりによく想像している。なんだかぼんやりとした出だしで申し訳ないっすわー。

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山に囲まれた島の端っこが見えてだいぶ高度も落ちていた。発つときは川崎の工場が立ち並んでいる、インダストリアルの極みみたいな景色だったけど香港の空港の周りはすごく緑が豊かだ。水の上にぽっこりしているものは可愛いから好きです。船が何艘も浮かんでいたりして、杉戸洋さんの絵みたいな感じのビュー。こういう景色を見るといつも杉戸さんの絵を思い出している気がする。
山と山の間に高速道路が走っているような風景から、急にドーンと縦長の集合住宅が生えてきたようにして現れる。細長いビルがどんどん増えて、市街地へ着く頃にはすっかり香港の集合住宅の壁に囲まれていた。ビルは香港の土地にあっても、中国の富豪が買うために実質的には中国の土地みたいになっている場所もたくさんある。だから、ビルを建てれば建てるほど簡単に売買できる土地が増えてしまう。モノポリーみたいだ。
アーティストランスペースもいくつかあるけれど、レントフィーが高くてみんなスペースを移動しながら続けているみたい。街はといえば、汚れていて、カラフルで、何か甘いような臭いような香りがしている。家で飲んでて、ビールを放置して寝た次の日の朝みたいな感じ。夜の11時でも昼間みたいにスイーツを食べてるカップルがたくさんいるし、めちゃくちゃな大通りでもない限り、車道まで飛び出して折りたたみの椅子とテーブルを持ち出して居場所を拡張して路上で食事をしていたり、飲んでたりする。古いビルにはベランダがないので勝手にハシゴで物干し竿を2メートルくらい建物から伸ばしていたりする。そういうオルタナティブライフを実践している人は住みこなすことに長けているように思う。

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香港市街地へ到着すると早速飲茶へ連れて行ってもらって、旅行者にはハードルが高いっぽい食べもの(鳥のつま先?足の平の部分)をすすめられた。食べるとこ少なくてちょっとしゃぶるくらいの食べ物。新しい食べ物を食べるのは難しいなあ。しかし水は透明だしシャワーはお湯も出るし、駅ビルの中にはユニクロや無印があって、悪名高きプリズンラーメンショップこと一蘭は人気らしい。みんなiPhoneだから充電器貸してくれたり、という偏ったフォーカス。銀座みたいなところにはプラダがあってジミーチュウがあってナイキの路面店やハーゲンダッツやセブンイレブンなんかはいたるところにある。でも、ガストがないんだよね、サイゼはあるけど。ガストやドトールで作業したいなあ。今なら言える、ドトール最高!ガスト大好き!高校生の時もドトールやガストで勉強していた。環境の変化に敏感だ。平凡さに依存している。保守的だー。変化に対してもっと積極的にダイブしたいなあ。
違うとことが無数に浮いてくるのでかなり思考が忙しい。定住せずにいろんなところへ拠点を移しながら製作をしているような人は、この浮いた感じが気に入っているんだろうな、確かにかなり刺激的である。だけど、私はもっと一年とか半年とかいたいなあ。

環境が変わるのは刺激的かつ、慌てることが多いしそれも含めて何もかも知るので精一杯だ。いる場所に関わり合いながら短い期間で作品に組み込めるパワフルな作家に憧れて、私の作品もそういう要素を孕んでいると思っていたけれどそれは実は違くて、考えているよりも作品を作るのに時間や環境がデリケートに関わってくるんだな、とかね。環境を変えることでそういうことも見えてくるから、いろんなパターンを試していろんな作品を作ってみたい。という意欲!若い!可能性無限大!ですが香港のアーティストは若い人が元気で、それに当てられて少し焦りもあったり。彼らは香港を出たいと言いつつ、もうこれ以上の香港へのチャイナの干渉はやめてもらわねばならないと言って、そのスタンスは右寄りだと言って(つまり中国人ではなく香港人であるという)いたりする。返還前の文化の懐古もありつつ中華の伝統文化へのリスペクトも持っていて、中国名と英語名の二つの名前を持っている。複雑なアイデンティティで二項対立にはできないけれど、土地がものすごく高いからそういう共通の悩みをみんな抱えているんだって。日本語勉強中のJamieとJanetはいつも語尾に「そんな感じ」とつけてる。英語でもlike thatて語尾に若い友人がよく言ってる。「〜的なね」といったところだろうか。ともあれ、同世代の友人がたくさんできてとてもうれしい。

KYという30歳の女性のアーティストはアーティストの労働組合を作ろうとしている。香港では30歳前後の若い人が中核を担ってる。会うたびに「サクラ!?サクラ!?!?」と強めに寄ってくるMAKとKYという女の子には、いつもたじたじしてしまう。香港にはキュレーターがほとんどいなくて自力でやってるような感じを受けます。何かイベントへ行くと、大体知り合いに会える。暮らして二週間ですっかりツレに会える街。色々と連れ出してくれるBunchやRechelやHinまじでありがとー。批評も3人くらいにしか仕事が回っていないらしくて、コミュニティが本当に狭いんだなあ。その人たちはリッチマンだって。はー。アーチストコミュニティが狭いということは、ある意味倍率みたいなのは低くて例えばベネチアの代表だったら、本腰入れてやってれば順番回ってくるかもね、みたいな。そんなのは退屈すぎるけど外へ強く発信するチャンスが身近なのはいいことだ。既存のコミュニティをどうやってかき混ぜて活性化させてゆくかというのはどこでも一緒なんだな。
今までスタジオを持つとか考えてこなかったけれど、拠点について海外も視野に入れられるようになったり。恋人と一緒に居られるとか居れないとか、重要な点だけどそれぞれにやっぱり会う場所とかあるんだろうな、私はこれからどうしたらいいかなー。考えつつたまにいろんな人に相談したい。キャリア的なこともそうだけど、移住するのならパスポートを持てるようでないと嫌だし、将来的にもしかしたら子供を育てるかもしれないとかも、あるね。とかまあ、そういう話はこれからもっと考えてゆくということで。

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バスが24時間動いてたり、地下鉄の乗り換えがスムーズだったりとインフラが整ってて交通費が安い。タクシーも安い。ありがたいなあ。食費もべつに高くは無いし、激安ショップも多い。ハイブランドも多いけれどそれでも接客業ばかりのように思う。先に書いたように当たり前のように外国のブランドばかり目につく。つまり街中に見えるところにはお金を持っていそうな職業の人が見当たらなく、最低賃金は500円くらい(!)なので1ヶ月フルで一生懸命アルバイトしてひと月15万円くらいかな。でも、家賃もそれくらいかかる。このように土地はめちゃくちゃに高く、職業の人は一体どうやって暮らしているんだろう。本当に、どういうことなの。
高円寺にある素人の乱と仲がいいso boringというビーガンフードのレストランがすごく美味しくて面白い。香港の食事は炭水化物ばかりに偏って、野菜を取り損ねてしまうので通いたい。本当に美味しい。レストランなんだけど値段がついていなくて、払えるぶんだけ払うというシステム。払わなくてもよくて、お財布が潤っていたら多めに払うという感じ。そのシステムも料理も素晴らしいしなによりそれで店として回せていることにたくさんの希望を見出せるよね。しかもだらーっとしていて、本当に心地よい。ああいう空気を作れるひとって何なんだろう。心の底から尊敬している。あー好きな友だちみんなつれてso boringへ行きたい。

(続く)