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2023/12/29

 だれも明言しないのにいろんなところで耳にする悪い噂に対して、動けないとかなるのは口の固さとか責任感ありすぎみたいなことのせいで、もっと軽く悪口とかばっちりどこでもいうような生き方でやっていこうって思いました!さすがにもう少し風通しのいい環境にしないと保身ばかりで美術まじ死ぬ。 

2023/12/28

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誰もいない方向へ向かって、こうしてずっと拗ねていれば、いつか誰かが助けに来てくれるだろうか?こうしてひとりでいないと心に隙間みたいなのも現れないのだろう。隙間とか寂しさとかは辛いけど、怒りとかとは違った、漠としたもので、そこになければないっすねってやつだから、現れるのを待つくらいでいい。草の世話が楽しい。

2023/12/27

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wifiがきて(ゆにちゃんが一緒にやってくれた)インターネットが帰ってきた。快適。というか不快さが手に取るようにわかる。 ガザは「自治区」ということになっているのにさらに追い討ちをかけるのはなぜなんだろ。と考えてると沖縄で最悪なことが起きたりするこの世界。差別心。心の作用からどこまで行ってしまうのだろう。アメリカという国がなくなったらどうなるんだろう。 国とか文化とか、枠組みを継続させることが命を安全にするということでもあるな。文化を守れという署名に(目に入ると署名してるのだが)賛同した。からだ一つで逃げ回るのは限界がある。そもそも身体は命の限界そのものだ、ひとつの体はひとつの命だけ継続させる(あの歌やん)。他の人も生きてほしいなら制度の整備をしないといけない、管理でなく…それが政治。歴史、制度、政治、そういった枠組みの上に生活がある。それらが取り払われたりするなんて本当に許せないよな。。沖縄でも代執行とかいう、強制執行の暴力が行われて、そんな政治にどうしたら対抗できるのか。一人一人がすぐにはじめられること。できることすごく少ないし生活を多少変形させる必要ある。それを続けてたくさんの人が動くことでやっと意味をもつ民主主義だけど、そこに強制執行できるなんて、そんなん民主主義の破壊以外のなにものでもないじゃないか。ひどすぎる。。 とか考えてたらオンゴーイングの忘年会に行けなくなっちゃった。月が綺麗だなと散歩。暮らしにも慣れてきた。夕暮れが美しくて、毎日窓に張り付いて観てしまう。 ストーリーズで友人たちが日々アップしていることで大事な情報も入ってくるし、そのおかげでずっと気にかけていられてほかのニュースに流されてしまわないというのはそれだけで大きな力だと感じるから、こんな個人のSNSだけどシェアすることの意義めちゃあるね。でも数字で見える成果とかも欲しい。 ここからは思いつきで。 車みたいな車椅子ほしい。40km/hくらい出るような。超高齢社会の快適さ便利さはどうなってくんだろう。このやばい未来がきてる感じ、高齢社会といってる間に自分も年老いて行く感じ、今日が未来である感じ。HAPSに行こうとずっとおもってたけど遂に年内に行けなかったなー。日本で一番面白い取り組みとおもう。いつまでもあると思うなプロジェクト、ギャラリー、公募、アーティストインレジデンス、ということで気にな

2023/12/26

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 ゆにちゃんがうちにきた!↑これで。友達が近くに住んでいるのは嬉しい。安心するし。 いろんな飲み物を飲んだりした。お気に入りのマグカップがめっちゃかわいい挙動してて最高だった。わたしの部屋うるさくないだろうか。 ひとんちでなんか洗い物とか手伝ったりしたい!という気持ちを「よく思われたいエネルギーが余ってる」っていいながら洗い物をしてくれて、この心そういうことだったんだなと感心した。

2023/12/25

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 美学校で次年度の発送作業をしたあと阪中家におしかけてベイブレード大会に出場。勝ってたのにルール変わって負けた。別にいいけどルール変わったことにめちゃ抗議してもよかったかも、次の大会では抗議してみようかな。そういうおもしろもアリ。まつりちゃんがめちゃくちゃ喋るようになってた。ベビーシッターした日からはやいもので一年たつ。 優しさってなんだろうな。大学の教授も学生にキレてる時の方が熱心に取り組んでるということもある。自衛のためにサボるとかあるし。ハラッサー擁護してるわけではない。学生にも最低なやつはいるぞというだけのことで…。「舐められてる」がどういう関係性なのかいまいち説明できないな。

2023/12/24

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 クリスマスイブのおデート。森美術館集合、すこしおしゃれして行く。New jeans聞きながらメイクしたのでアゲ。コートの襟は立てると暁(NARUTOの)みたいでいい感じ。 美術館に4-5時間居た。アピチャッポンの映像が抜群に良かった。藤田昭子+長澤伸穂の野焼きのプロジェクトが展示されてる部屋かなり良く、全部なんか燃やしててアゲ。みんなで色々準備、お昼、着火!消化!作品!という一日の記録映像。冬のプロジェクトら。めっちゃ疲れておしゃれな店にありつけずラーメン食べてクリスマスイブは解散!もっと見る人のことも考えて展示構成考えて欲しいな、キュレーターたち展示順路通りに見たのか?わたしがあの展示に参加するなら順路のまんなかあたりにカフェ開く。そんな疲労感。 ボートに赤ちゃん産まれた!おめでとう!

2023/12/23

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ユニちゃんの作品見せるピクニックへいく途中で自転車を買った。ビアンキのミニベロがすごく安く売ってた(田舎だから安かったのだろう、コンディション悪くなかったし)のを見つけて、ずっと必要だったし…と思ってエイヤ!と買った。久しぶりにかっこいい自転車を持てて嬉しい。水元公園は全部の瞬間が素晴らしくて、紅葉したメタセコイアが真っ直ぐにたくさん生えてるところを新しい自転車で通ったあとオレンジ色が好きになった。 ユニちゃんのオレンジの陶器を買って帰ったとおもったら違うやつを持って帰ってきてしまった。またあの公園には行きたい。もう道を覚えたからなんの用事がなくても行けそう。 姿見がほしい。髪を切りたい。いいかげん本棚組み立てないとだし、メールも返さないと。いい加減にしないといけないことが山積み。12月中に全部できるかな。服をしまう場所を作らないとなー。タンスを買うか…と思っていたが、着ない服を減らして欲しいものを持つ方向で生きることにした。やることばかりだから管理しないといけないものを減らすのがいいはず…YouTubeの片付けのプロみたいな人がそう言ってた。。

2023/12/22

 辺見さんからめちゃくちゃ久しぶりのコンタクト。昼に起きて家を片付ける。出かけようとしたら午前着にしていたはずのベッドが届いてしまって、梱包を剥がすと部屋の片隅でベッドが膨らみ始めた。色々と組み立てたりしないとで出かけるのはやめて(それにめちゃくちゃ遠いので…)、部屋を全体的に片してしまうことにした。半月くらいかかってやっとまともに住める感じになってきた。家の周りの環境にも慣れて、ゴミの出し方もわかる。 妹から電話が来る。猟奇的な事件のウィキペディアを読んでいたら怖くなってしまったとのこと。それから3時間くらい電話して緩和ケアのこととかも話した。生きるってなんだろな。なんだかずっとなんかの準備してるような。本読みたいけど全部段ボールの中にある。

2023/12/21

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 ちっちゃい犬にちっちゃい小学生が追いかけられようとして(追いかけられてる状況になりたがって)「た〜す〜け〜て〜」って言ってた。それにノッて犬がモッチャモッチャ跳ねて追いかける。その犬の顔写真がついたポーチをぶら下げた、ちっちゃいおばあちゃんはその犬に引っ張られる。犬とおばあちゃんのか細い綱引き。なんたる柴田聡子モーメント、と書いてて思う。

2023/12/20

 慶應のアーカイブの研究イベントに参加した。 メモ 市川團十郎、相撲の行司の襲名、二十年に一度伊勢神宮式年遷宮(次は2037年)、日光東照宮 三猿 「定期的に描き換えていること自体が表現されることが重要=差異の程度が発生する」、バッファゾーンの構造(二重の領域)、オーセンティック(ヨーロッパ的)な考え方では石づくりであれば過去の部材から変化がない、部材が木材で入れ替わり式であることが前提となる様式は無形となる。 古いものをありがたがる←新しい価値観、新しいものこそが最上、という世界であった メディア(本)とシグナル(内容)。 復元、再現。基本的に、再解釈はタブー。だが、再解釈のたびに、作者が多重になってゆく。 音楽の、再現性、当時の楽器で演奏する云々のナレッジを活かせないものか。だが美術にも歴史はある(日本画、油絵、彫刻の修復理念が違う)。日本画の修復はレタッチではない。ナムジュンパイク修復問題と同じ、穴あきの美学?が適用されている。 鑑賞体験に近いものを手掛かりとして、作品と共に保存しようという動き。(ここにわたしの2021年個展の研究成果?が使えるような気がする。ライブ問題、コンディション問題。)。「私たちが異なるということを面白く感じられる装置」という手がかり?思いついた。2017年国立国際美術館に、「ライフスパン」第三者が行うパフォーマンスの作品が収蔵された。パフォーマーに教育するディレクターもアーティスト自身ではない。 茶器、庭などの視覚だけで感じられない作品(これも無形といえるか?)をどのようにパブリックに公開するか。 書道→運動がそのまま保存されているメディア 映像、写真は残すためのメディア ミュージアム、分有する(共同保管する)。ミッキーマウスの登場ルールと同様にして、唯一性を担保する。 他人の鑑賞体験、ネタバレはノイズか?経験の潔癖症。 同一性どうするか?無限にフレームは広がる。 紹介だけじゃなくて研究成果の発表会や学会みたいなのにも参加してみたい。足並みの問題を飛ばして、もう少しレベル高くても大丈夫そうだと感じた。そういうことは結構あるんじゃないか。

2023/12/19

動画の技術というのは思うに、写さないようにすることなんじゃないか。TikTokみてると感性?が丸ごと写りすぎてて心配になる。歌舞伎町で有名な女性のホームレス「あおいちゃん」というひとがいるそう(稲田堤には「キティさん」というひとがいる)。ホストや地下アイドルが話しかけて、飴をもらったり、タバコを分けたり、恋バナをしたり、「ネタ」でありながらも共助的でもあるあおいちゃんとの関わりのおびただしい量の断片が、あおいちゃんとトー横を記録する。

2023/12/16

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 久々のオフ。昼まで寝た。一瞬起きて、齋藤君が風呂を借りますと言ったのにはいーと言った。 次に身体を起こしたときには誰もいなくて、置き手紙が置いてあった。 ちっちゃい粒を人間が摘んでいるのがいい感じにかけた

2023/12/15

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昼に宮澤さん、ベンヤミンさん、エイブルさんと春の展覧会の打ち合わせ。最先端のことやろうという気概の質が、気楽でプレイフルでネガティヴケイパビリティ的で(?)その態度が体制批判的な意思表明という。わかる。2019年にベトナムで作った2つの作品はやっぱいいものであるようで、わたしもそう思います。めちゃ忙しくしてたわりに、ゆったり実験的に考えを作り直すことを進めてこれたのは、この二つと蜂の作品が完成されているおかげだった。そういうのをまたつくりたいが…グループ展に新作を持ち込みたいけどなかなか新しいのを作るのは難しい。個展を振り返る必要がある。 アクション。あるいはリアクションでもいい。そのようなことやろう。日本でやるのか?それともどこか他のところで? 次のドクメンタはイスラエルをどうするのだろう?15は反ユダヤ思想について炎上していた。パレスチナの解放についてわたしのできること。KFCとかをボイコットする。本を買って読む、YouTubeの講義や映画を見て知る、そのほかには? ここのところあまりに忙しくて、悲しんだり、怒ったり、それだけでいっぱいになっていたが、少し時間ができてみると、自分の勉強にはいつも作品というアウトプット先があることを思い出す。わたしもなんかやってみてもいいのかもしれない。パラダイスエアや自分の引越しがひと段落して、なんとなく次のことが考えられるようになってきた。リサーチというか勉強してるときは考えも客体的であり、作品制作になるとその当事者となる。作品づくりでつかう頭をパレスチナへ傾けよう。でも虐殺をやめてということ以外にいう言葉無いな。何をするかっていうか、どこでやるかを考えよう。 夜は齋藤君と川上君をうちに招いてゲームをやったりしてだらだらした。家にひとが来ると、空き部屋だった期間の寂しい空気が出来事と混ざって、愉快な埃状の記録としてその辺が散らかってく。嬉しい。友人が楽しそうにしてるのを聞きながらニトリで買ったものの開梱をしたりするのも楽しい。めちゃ遠いので二人とも泊まってもらう。歯を磨いているのがおかしかった。即席で余ってる布団をかき集めて寝床を作り、二人で並んで寝てもらった。ひとが泊まるの嬉しい。喉ずっと痛い。福山雅治、アンパンマン、美輪明宏のものまね。スイカゲーム、ポケモンクイズ、ジェンガ、ピザ。 保険証のこととかやらないと…あああ ここ

2023/12/14

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月曜から熱を出して、この倉庫状態の家でひとりで闘病は無理と判断して小山君の家へ看病されに。もともと掃除の続きをするつもりだったのだが。 うちはなんかうっすらなんかの薬剤の匂いがする。それが気持ち悪い。はやくしないとと思いつつ体温計は39.1℃をマーク。熱が出る前、激しい悪寒が怖すぎた(ストレスでどうにかなっちゃったのかと思ってすごく泣いた)。その悪寒に比べたら高熱は正体がわかってるので大丈夫。おいしい煮物とかポカリとかルルとかもらって、薬飲んだら回復。それでも水曜までは熱があった。今日はもまだまだ扁桃腺は腫れてるけど、眠れないほどではない。ここのところすごく暖かくて、いま10月くらいなの?という感じです。 家の方は、かなり細々といろんな買ったものが届きまくる。ここが楽天市場でしたか…棚の留め具を無くしていたがついに見つけた。あとは本棚とベッドをいれて寝室が整えば完了。

2023/12/10

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 友達がパラダイスの展覧会にたくさん来てくれて嬉しかった。韓国の人は年下に優しい。かわいいと言ってもらえるのは嬉しい。褒められるとその気になる。調子に乗ってる時の魂のテリ。そのように誰しもが生きる世界になってほしい。 デモに全然行ないが、心だけ。東京の東側方面で活動するようになって9ヶ月ほどだが、国会前、入管前、など本陣を除いてデモの多くは新宿や渋谷や下北沢、割と西寄りで行われていることに気付く。 2017年に香港でレジデンスした時、デモやセレモニーに連れて行ってもらったのすごくいいアテンドだった。誰かとデモ行きたいな。 学生闘争のころの学生たちの味方みたいなのできないだろうか。もう彼らは75歳くらいだけども。。このアイデアはちょっといいかも。 昨日CSLABの新旧OB会みたいなのがあり、名前も歳もよくわかんないけどなんか誰かの友達なんだなー(わたしもそうでーす)という感じで大変過ごしやすかった。誰の代とかはあまり関係なくてそれもよかった。美学校の作詞講座のライブにもほんの少しだけ顔を出したがそれも素晴らしい。来年取りたいくらい。自力でやるのもよい。自主的な部活みたいな。そういう遊びがしたい。山本さん、小山君とのラーニング研究会とかもなんかしたいけどな。オンゴの教室もリマインドしないとだな。夜にDMでパラダイスで出入り自由なバンドやるか?!という話を陸さんとし、今日あもうさんにその話をし、ひとしきり盛り上がる。なんかここのところずっと毎日誰かと会ってる。人と会うということはつまり忙しいということなのだと気づく。なんかやばい気付き。誰とも会わない日がそろそろ必要。贅沢な悩みも、悩みは悩み。

2023/12/09

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 ユキさんのMRAで魔法について考える。子どもの頃魔女になりたかったのもあって、魔法のエピソードに事欠くことはない。 「ある日突然魔法は使えなくなる。突然できなくなったことがあるなら、それは魔法であったもの。」という定義づけを思いつく。魔法を考えることを通して能力を失うことについてのポジティブな(?)アイデアがでて嬉しい。よき。説明不足からユキにめちゃ心配された。悲しい?大丈夫?みたいな感じで、でも確かに悲しい。なんか厳しく生きてるのかも。追記・昨日在廊しながらちっちゃい四葉のクローバーをみつけた。

2023/12/07

神保町から帰ってくるの大変だな。だいぶ慣れたが、早く自転車を買わないと。時間がなくて手続き系全然できてない。お金も足りるかな?不安。請求書の類を提出するのが遅いのと年末年始にかかっちゃってすごくタイミング悪い。まだまだたくさんいろんなところに荷物が撒いてある。早く回収しないと。年金、税金、保険。確定申告。

2023/12/06

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 今井さんとトーキョードームシティへ。5枚綴りのアトラクション券を買い、お化け屋敷、メリーゴーランドに乗ったあとたこ焼きをテラスで食べてから、ジェットコースター、スパイゲーム、観覧車に乗った。お化け屋敷では今井さんが腰を抜かし、わたしはジェットコースターで泣いた。インスタに載せるつもりで写真を撮ると、端的な写真が撮れる気がする。アーカイブ込みで時間と出来事を見つめる。 色々と近況報告をしあう。今井さんのプロファイリングは的確で、わたしのある側面をすごく捉えてくれる。わたしは人物像を捉えるのが苦手かもしれない。それなりにやってるつもりだけど、どうしても淡白だ。なんでこうなんだろう。おおらかさや優しさとして他人へ伝わってるかもしれないものと、無関心さとが同質に重なり合っている。…というふうに、自分がひどく冷たい人物に感じられる時がある。 観覧車から高層ビルの赤い光が目線の高さに並んで見える瞬間があり、最果タヒの詩にこういう風景のことを書いたものがある、と今井さんに言うと、昔すごい好きだったけど、と今井さんが言った。それからわたしもそうと言った。「死んでしまう系のぼくらに」が大学生の頃に発売されて、こういった危うさに憧れてしまうし、自分の危うさを愛せてしまう、そのような人物でいたいと思ってしまうこの感傷的な心の動きは気持ちのいいものではないなと思ってからはあまり読まなくなってしまった。そのようなわたしたち(今井さんがどうかは知らない)。詩に断片があるとしたら、詩で知る情報のことだろうか。情報や状況がまるごと詩であるとき、言葉が感性だか魂だかの表面をなでる。harassとは猟犬をけしかける声 その鹿がつかれはてて死ぬまで。すごい。

2023/12/05

 寂しくないようにするのも大変で、電気をつけたり、寒くないようにしたり、この家の管理全般のことをセルフケアと呼ぶのかな?って感じ。家は私ではないけど、私は家である。まだその状態ではない。空間の隅々で何が起きてるのかが、お腹が空くのがわかるみたいにわかる。そのような体験をCSLABでしたことがあった。そういう身体感覚は、街や会社や国のことだったりということもあるのだろうか。どのぐらい広いところまで行けるだろう。はあ、市役所に行かなくちゃ。なんかすごく忙しい。自分の予定を管理するのが苦手なのにフリーランスなんて向いてないよな。はー困った困った。不意にすごく寂しい。寂しさを見つけないためにも早く家をなんとかしないと。

2023/12/04

引越し完了した。父、弟、小山君にはちゃめちゃな負担をおかけし。部屋の中は一見いい感じだけど住んで細かく使ってみると、かなり手入れが必要なことがわかってきた。すごい古い団地みたいな家で、わたしがラッパーなら3人でキュッとなって住みたい。が、ひとりでざっくりと暮らす。 引越し前はひとりの空間のことを考えてたが、いざ引越してみると物を動かしたり触ったりしながら小山君のことを考えてる。前の家で使ってた家具を同じように物を入れて配置する。引き出しの左側は小山君のところだった。ボールペンが入っているのをひとまずそのままにすることにする。夜が怖いって思うのも久しぶりだ。めっちゃ寂しくて不安だし怖いんだけどそれを書く文が作れない。感じたことのない寂しさ。なんて言ったらいいのだろう。ちょいちょいほろりと泣いてしまう。酒とか飲もうかな。

2023/12/03

小山君とともに 柴田さんのコース料理の作品に参加した後、眠すぎる身体でなるさんと合流した。クリスマスツリーをたくさんみるって言ってたので見つけ次第写真を送る。。

2023/12/01

必要なことを個人の分をゆうに超えてやりそれがだれに認知されてなくてもひたすらやるには、日付に張り付くのと作業に張り付くのだったら日付に張り付いてるのが正しいな。作業はバラバラと生まれては消え、シナプスが未来と接続する。マルチタスク。

2023/11/30

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 ゴンキルかキルゴンか考えてたら一日が終わったくらいの一瞬さで今日という日が過ぎ去る。iPhoneがなくてもゴンキルかキルゴンかは考えていられる。キル→→→←ゴンを基本としつつも、健全にキルアがたじたじして欲しい。王道のカプが好きでよかった。恩恵にあずかる。 朝から謝らなくてはならず、「不徳の致すところ」という言い回しを生まれて初めて使った。本当に申し訳ないということにならないように自分しっかりしたいけど、今はちょっと本当にダメだ。ダメさがダメさをまた連れてくる。一回休みたい。全部ストップしたいけどスケジュールは決まっている。12月もやばいんだろう。3月なんてもうすぐそこだ。冬始まったけどもう終わりそう。本当にまずい。 ところで1974-1980年くらいの生まれの人たちの分厚さ、という話題がある(このことについて楽しく話せるひとはみんな友達になれる)。日本てか東京で活動していた/いる、1974-1980年生まれのアーティストたち、と考えるとき、あの辺って感じに仲良い人たちが芋蔓式に丸ごと思い浮かぶ。わたしが大学生のころ35歳±5くらいだったひとたち。社会的なレスポンシビリティも高いしえらいなって思うひとも多い。私のアーティスト像はあのあたりの人たちを参考にしている。別に旬でブイブイだったから注目してたというだけではない。 自分や同年代はどうだろうか。仲良いひともいるけど、なんかあまり一緒にグループ展とかはやらない。集団名義になったりとかしてやっていることや繋がりがかえって遡りづらいことも多い(そんなのはもしかしたらわたしだけかもしれない)。自主企画展とか少ない。やるかー。なんか「あの辺のひと」って見えるほうがおもしろい気がしてきたな。パフォーマンスアートやzineを作ってるひとたちのあたりは、なんとなく連携してる感じもする。「いつも同じ人でつるんでる」でもいいじゃんいいじゃん、集団行為とかフルクサスとか思い出しつつ、まあべつにそういうのがしたいわけでもないのだけど。ただふつうに会って話してというのが必要だと思っているだけだが。10-12人くらいの中で5名くらいが出席率高く、常に2-3人入れ替わりつつの変動するメンバーでなんか絶えず話してるような感じで。同世代のアーティストのひとたちと共有してるものが少ない気がする。すごい仲良くなくてむしろ喧嘩とかしたっていいんだけど

2023/11/28

 子供たちの仲間に入れてもらうには? 子どもたちの仲間に入れてもらうとき、わたしは大人だから、大人だけどあまりちゃんとした感じじゃないからいつも気を使ってもらっていると感じるが、それは小学生だけでなく中学生も高校生も大学生も若手アーティストも年上のアーティストたちも同じように、ある程度年齢層のまとまりがあるところへわたしが単騎貫入する時にはいつだって感じることだ。すごい気を使ってもらっているという実感がある(だからあまりに気使われないとすぐに腹を立ててしまう)。こないだなんかは(もう書いたかもしれない)、小学1年生、2年生、5年生、の5名たちに混ざってなんかすることがあり、ひとりだけ小学生じゃないから、ここに通い始めて6年目という意味で6年生ですと言ったら「え、小学生なの?」と聞き返されて「ちがうけど…」とめちゃくちゃ申し訳ない気持ちになった。情けなさすぎ。小学生であるということを茶化すみたいにしちゃった。大後悔。 教えつつ、同じように学ぶ、遊ぶメンバーの一人として仲間に入れてもらうように、こどもの遊びのリサーチをしたい。いろんな国の遊びを見にいきたい。それをベースにした、参加型のパフォーマンス作品をたくさん作りたい。これまでの仕事の全てがなんなのか、やっと整理がついてきた。ただ友達がほしい、ラーニングとか集まりとか色々考えるにあたって自分のベースにはこれがあると思う。

2023/11/27

 英会話のオンライン授業も、精読のオンライン授業もサボってしまった。さすがに忙しすぎる。ばかだし、メールの返信もできない。もう嫌だ。他の人の思惑も、自分のことをするついでに何とか叶えてやりたいとか思ってしまう。で結局動けなくなって何にもできない。。おわた。。

2023/11/25

数日間のダイジェスト。TABFなど。Red Stocking新刊完成など。からの搬入、美学校広報準備、完徹して資料づくりなど。怒涛の疲れがやばい。やばすぎてやばかったということを記録しておく。布びっちり石爆売れinTABF。御殿が建ちそう。 そして日記はここより。 ・ホワイトボードのオリジナル什器が欲しい ・掲示板や看板(お店のでなく、お知らせ用の)の写真を撮り溜めていきたい ・プロジェクトと並行して絵を再開できるか 防火管理者の講習がすごく大変だった。1限から5限までずっと同じ先生の座学。狂ってるよ。。おじいさん講師の喉が心配。 A.R.Tの中間展一日目。いい感じの展示になったのではないか。インストールは楽しい。作品はその人のありようをよく現すなぁ。展示したり、美術館に入れて残していくために作品を整理し直すのはいいのではと石川さんが言ってくれた。なるほど。藍原さんのことを推す施術所のお客さんたち。なるほど。応援ってこういうふうにすることができるのかと思った2つ。大石さんはインストールを頑張ったらめっちゃ作品良くなって感動した。作品は見た目が8割か。わたしの作品ってどう見えるんだかよくわからない。ここのところずっと、フランシス・アリスのことをけっこうな時間を割いて考えている。

2023/11/20

下北へ。はるちゃんのライブみた。あんなおしゃれな中学生いるんだ、、、メキシコの雑貨屋でメッシュでフルーツの書いてあるかばんと、足のブーメランみたいなネックレスのチャームと、魔女グッズが描いてある巾着を買った。小山君はまた灰皿を買っていた。

2023/11/19

 家族旅行2日目。草津温泉へ。コテコテの観光地(コテ観)へ行くことはおそらく高校の修学旅行で行った京都散策以来である。まあ熱海もそうか、あまり観光する場所も少ないけども。 公衆浴場に無料で入れるので、その場所と自分のムードだけで体験を計測する。リッチだ。公共性というのはこのようなものであるべきだとジーンとくる。4箇所の湯に計5回入る。石鹸は禁止。脱ぎ着がめちゃ早くなる。対風呂の振る舞いとなる。見つけたら突入、脱いで湯加減を爪先で測る。行けそうなら入る。少ししたら出る。この間およそ5分か10分。堪能は時間をかけることではなさそう。おばさんが冷たい水で足元を冷やして熱い風呂に入れるように身体をチューニングし、その仕方をレクチャーされるもなかなか難しい。いくつも回って入るうちに身体が風呂の温度に慣れてきて、熱い風呂にも入れるように身体が変化した。おもしろい。 帰り道、アーティストインレジデンスでつくる、旅先で新たな発見系作品がどうのという話になる。今回なら何を?と聞かれるも、なんか変なこと言いたくなくてうーんとずっと考えていたら、母が急に、公衆浴場一軒目以降は質素な小さい小屋(公衆浴場的な建築物)を探すスイッチが入ったので、このモードの切り替わりを作品にしたらどうかとアドバイスしてきた。みんなそうだそうだ、あれは楽しかった、その作品作ったらいいよと。どういうこと?なんかめちゃラーニングだなと思った。このことは年末にでも漫画に描こうと思う。

2023/11/18

 家族旅行へ。前日夜に原稿をやっていたので2時間ほどしか眠れなかった。車で草津の方へ。わたしは免許を持ってないから座ってDJをするのがここ最近の家族旅行のお約束だ。聴きたい曲をひとりずつから順繰りに募り検索していい感じにフェーダーを手動でやる。母はテンション高い懐メロ、父はPerfumeとYOASOBI、弟はエロガキ系アニソン、妹はスピッツ、vaundy。わたしはポンキッキで流れてる系の童謡が多い。妹は酒ギャルなので友だちとのいろいろを教えてくれる。芸能人のゴシップにも詳しい。ギャルすぎ。専門の成績はいいらしい。車の中でも勉強していたので感心した。なんていうかマカって感じだ。バイタリティすごい。そこは母、私、妹に共通するなとおもった。

2023/11/17

 実家へ。2泊なのに靴下とパンツを1個ずつしか持ってこなかったので薬局で最悪な下着と靴下を買った。 TABFのことでInstagramがパンパンだ!コミケみたいにガッツリ稼ぐ本屋が現れたらいい……。商業っ気のあるアートはほぼほぼろくでもない物に席巻されて、うちらにはもうグッズ販売しかないって感じがずっとしているんだけど、実は売ることができる作品だって作りたい。ちょうどそういう相談に乗ってくれるらしい新興コンペの情報を得たので見に行ってみると粟田さんとか鷹野さんとかが審査員にいた。これもしかしてBUGのトークショーの時にアツカンが新しいコンペ作るらしいってなってたやつかな。思ってたよりもいい感じのところにアイデアが落ち着いたのだなとおもった。 引越し先が決まった。「周辺静か、ちょっとサグい」とメモした間取り図を妹にここに住むんだーと言ってみせると、サグいってどういう意味?ときかれ、あーなんか悪そうとか殺伐としてるとかそういう感じって言ったら、それ大丈夫なの?と聞かれた。雨だからそう見えただけだと思う、いや、でもほんと大丈夫だろうか。

2023/11/16

 美学校で久々に木工。 ラボで池上ちゃんと作った(けどルール設計が甘くてすぐに物置になってしまった)即興木工はかなりいいアイデアだった。スペースではなくてワークショップイベントを何度かやって、コンペとかパフォーマンスとかやったらよかったかなあ、とか。誰か建築家(GROUPとか)を呼んだりして。。あぁいいなあ。またラボみたいなところで働きたい。自分でやるには荷が重すぎるスペースなんだよな。相談室であり、オープンデスクであり、なぞ専門性を尖らせるためのラボであり、いろんな人が継続して出入りしやりたいことをやり、それのマルチタスク的伴走者が私も含む互いであり。誰もいなくても空間が(おまけで管理人が)最初の友達になり。すごく楽しかったなー。あんな場所はもう無いよな、と思ったが、大学の常勤教員になって自分の研究室やゼミを持ったらそういうふうにできるのかもしれない。研究者全員があんな風に働けたら全員豊かだし最高だな。説いて回りたい。意欲のあるひとだけがとどまるような遅効性のフィルタリングのようなもの、これが何よりも重要。一時的にとどまる人がそこにいる間面白くあればそれで十分だというのは、関わる者がみんな自立している状態をいかに見定めるかであった。そういう意味で、教育は褒めるだけでよい/何かが起きるのを準備しながら待つ/その環境を維持するこの三つなのだなと思い至る3年半であった。(これは日記ではないな) 美学校でももう少しなんか頑張れるといいけど、なんか頑張る場所がない、あるとすればPARAとの共有地だが…シェアオフィスの管理人として在中するにしてはお金と時間が足りない。なんか発明する必要があるな…。まああそこでお金稼げばいいのかもしれないが。なるほど。

2023/11/15

 熱海へ。わたしにとっていまのところ、熱海の面白さは本の中にある。RAUはアタミアートグラントに展示の形で見えるようにしなくてもよかったのでは、純粋に旅行みたいな感じでいいのではないか、と思いつつそのちょうど真ん中くらいにみんながさまざまな意見を検討してデザインした展示室の設営を行う。ふにむさんから相談され、意見を言ってはみるが、それらほとんど全部検討済みであった。みんなおつかれ。えらいね。チューニングとは具体的な位置のことだ、とめちゃ思った。誰かが合わせたチューニングをそれだと指摘することができる状況のことだ。相談されて、検討済みのことをわたしもそうとは知らず語り、それはチューニングが合っているということなのかもしれない。そのことがなんだか嬉しい。 帰りの電車の中で葬送のフリーレンをみた。同じルートを違うメンバーで二度巡る物語である。目となるフリーレンは1000年以上生きる。他の登場人物は彼女よりも早く死ぬ。全話通しの前半では一度目の冒険の回想と、友人が死んでいくこと、知を集めていくことについて語られる。そこで発明や発見は、ひとりの生を豊かにする目的で作られる。それが多くの人に必要であれば流通する。この物語における魔法とは、そういうものとして描かれる。物語の後半はかつての仲間の弟子や孤児と共に二度目の旅路を一度目のことを思い出し弔いながら経験する。目的地は天国(地の果てに地続きに所在する天竺システム)。他の人よりも長生きすることの孤独さ(他者と生きる時間以外は知が彼女に寄り添っている)を描いてる。西遊記とか指輪物語とか読んだ方がいいな、と思った。土地を移動するその経験を物語ることの面白さをもう少しインストールしていこうと思う。

2023/11/14

展示場所を見つけるためにみんなでめちゃくちゃ歩き回りながら、中国籍の女性が撲殺されたつい最近のニュース、ホーム飛び降り、松戸で今年起きた怖いことふたつを怖がりながら歩いた。 松戸は法が届かない場所があるという意見をいくつもみた。ツイッターや2ちゃんまとめみたいなのに書いてあるだけなのでどの程度本当なのかわからないが、中心から離れれば離れるほど無法の地だという。半分は本当なのではないか。法が届かないというのはどういう感じなんだろう。不安だ…  ユキさんが魔法のリサーチをしてる。魔法も何らかの法だ。なんらかの一定の手順。

2023/11/13

右耳だけ耳鳴りがある。余韻って耳鳴りのことだったんだな。 音楽の発展の仕方は系譜を遡っていけるなんていうか美術に比べて効率がいい。元からある構造なり構成なりをまっすぐに引き受けて加えていくことができていいなとおもいつつ、言語や宗教の違いから表現されたものがどういうことなのか汲みつくせないことがある。外国のお土産を食べてその国の美味いはこういう味なのか、と知ることはできる。知るってなんなのか。ただ私の生を彩るというだけなのだろうか。それはどれくらいすごいことで、くだらないことなんだろう。 美学校で壁塗りをした。壁紙のクロスは、表面をあらかた剥がしたあとで水をつけると全部きれいに剥がれるというのを知らなくて、はがし残しのある壁を塗ってたらベロベロになっちゃって困った。もう間違えない。みんなして無知を晒してまた一つ賢くなった。 終わって梓沙さんに相談所のヒアリングしてもらう。ベローチェとサンマルクどっちがいいか聞かれたのでベローチェがいいと言ってそうなったんだけど梓沙さんは二日連続でベローチェになってしまったらしかった。ドトーリアン、ベローチスト、エクセラー、と呟きながら梓沙さんの待つベローチェ神保町店へ移動。いろいろ書いて渡しておいたメモを元に質問をしてもらい話す。詳細を話す以外はたぶんいつもどこでも同じようなことを言っている。BUGのを進めなくては。ひとつずつ…

2023/11/12

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 LITURGYをみた。川上君、齋藤君(サイの字は適当)と。予習的に聞いてきた音源となんか全然違うけどいい誤算というか。刺激に旋律が消えて吹っ飛ばされた。光の中で他の光と共に(精子ってこういう感じなのかもしれない)上昇し、ファーっと拡散するみたいな感じ。音で体現とかあるんだ。めっちゃ加速的だった。 RAYは推しそうって思った。ダンスの連続が轟音的すごみを加えていた。私以外の二人はアイドルたちとチェキ撮った。わたしは並んだ列が悪く撮れず。不憫に思ったのであろう、オタクのみなさんが「また来てください」と口々に声かけてくれた。フォカヌポゥ…オタクの花道だった。齋藤、川上、私のライングループの名前はRAYになった。コポォ。

2023/11/11

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 勝とうとして変なこと言っちゃうのを思い出した。カナヘビが葉を動かす軽さにつられて。くさむらには夜冷えた空気が溜まっていた。朝早く起きるのは久しぶり。寒さすらスッキリとしている。寒いと元気ないけどその寂しさが好きかも。誰もいない。 オンゴーイング・スクールがやっとランして嬉しい。教室のたびに自分も作品が一個完成したら最高だよなあ。

2023/11/09

 PSYCHO-PASS一期をみた。ギノザの髪型やばい。茜がBLの夢小説一人称ポジすぎる。最高…。エンディングの曲もめちゃいいね。。飛ばさずじっくり聴いてしまう。てかギノザニキがかわいすぎる。伊達眼鏡なんて言って買ったんだろう。。縢秀星死ななくてよかったじゃない!?とおもってググったら、死んでない可能性があるということと、その数年後に出た石田彰のコメントでオタクたちは死を受け入れたということが続けてまとめに書いてあった。アツい。。そしてつらい。。なんでリアタイでハマってなかったんだろう。今からでも遅くない。。 カッコいい系おばさん義体の一人称ボク、かなり好きだな。集団的な人格の破れだったり窓口みたいなキャラの一人称はウチでもボクでもわたしでもいい(俺ではない)。フル義体に加えて脳はAIで担当?人格?は猟奇殺人犯とかすごい。なんか設定グダグダだけどそれでもかまわん!(むしろ捗る!) やるべきこと全然終わらないのは、ながら見してるつもりがすごいしっかり見てるからだわ…

2023/11/08

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 やる気が出ないし過食気味である。またゴミを捨て損ねた。ペットボトルだらけの家だ。昼は昨日小山君が作ってくれていた豚と茄子の炒め物を食べた。歯ブラシを変えた。電球が切れた。LEDの電球って2000時間くらい切れないものなのかとおもっていたが。大根と鶏肉を買ったが料理をする気が起きなくて外食をした。河口湖で買ったハーブティーを飲んだ。冷めても美味しい。水筒を買ってよかった。もう殺すな本当に、、スポーツとか賭けとかで決め事行え、、なんで、、、  

2023/11/07

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ちょっと立ち止まろう、ちょっと休もう、ちょっと贅沢しよう、ほろ酔いしよう、体験、とかいうみたいなこの感じは嫌。 今日初めてベローチェでテイクアウトした。ホットコーヒーLサイズとピーナッツバターサンド。一日中ミーティングしても仕事がおわらない。 朽ちたグローリアの聖地やん松戸。写真集あるかな。なければ作ろう。陸さんのPARADISE AIRリサーチツアーの副産物として松戸の散歩コース開拓が捗った。

2023/11/05

 危機のなかでは芸術どころではないというツイートを見かける。危機の想像もつかないからよくわからない。知ることはできても。危機の中でも詩がいくつも生まれてきたことを知っている。展示をしたり見にいくとかは無いだろうけども。 私なりに真摯に突き詰めているつもりだが、作品がうまくいかない。とにかくやってみるのが大事ではある。人のことをあまり手伝いすぎるのはよくないかも。学びはあるけど、人のことだと責任も持てないし、作品のもとで行われる自己開示の現場につきあうのは、当事者間で合意が取れていても目の当たりにするたびに戸惑う。共感は自家中毒を引き起こす。適性があっても、それがうまく機能していても、それがいいことなのかはいまいちよくわからない。作者も鑑賞者も喜んでいるならいいのか、、? 今日はデモに行かなかった。他の人がデモに行っているのを心の中だけで応援する。デモ。このささやかな支援を蔑ろにされたくない。(公立美術館のキュレーターや国公立大の教員は公務員扱いなのだろうか。公務員がデモに行けないのはおかしい) デモがイケてて楽しいみたいな広報をみるとそんなデモがあるのか…?とおもうが、あるのかもしれない。私が知っているデモは、いろんな人が同じ意見ではないなかで、それぞれが切迫した部分のみを持ち寄って同じ場所に立っている。それが何千人もいる。行くだけで「バランス」とか無いなって思い知らされる。私の知っているデモはそういうものだ。だからこそ行くのだけども。で、今日は行けませんでした。デモって数の問題ではないし、数とかからだの不在に注目してなんか考えるのはいろいろと間違いが起こりやすい。生を数えないで…

2023/11/03

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いろんなところに出入りしてるのにそれぞれになにかを運んでいる(花粉を運ぶ蜂のように)気がしない。てかなにが花粉なんだろう。

2023/11/02

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出津さん、絵美ちゃんと共に世田美で開催中のこども造形教室の展覧会を見た。油絵の具は、この世界でもっとも美しく調合された色がチューブに詰まっているのだと確信した。子どもたちが描いた油絵の自画像がとんでもなく素晴らしい。週末からコレクティブの造形教室が始まる。もしも子どもたちが「うまくいかない」と言い始めたとしても、クレーやピカソやデクーニングらがものすごい試行を(試行がそのまま偉業なのだ)いつでも示してくれる。納得してくれるかはさておき、目指すべきうまい絵というのは無いのだと証明する(?)、膨大な実践がある。世界に芸術があってよかったな。 美術館の地下の工房を案内してもらう。登録者たちは、美術館にきて展示を見てその足で地下におりて銅版画や木彫まだできるような工房で制作に入ることができるのだ。なんてことだ!すごすぎる。出津さんは自転車で、わたしはバスに乗って帰った。 そのあと「にっ友(日記を書いているので身近に感じられる友達)」川上君と会う。ラボで働いてる時の日記にはよく登場してもらった。川上君がいるとなんだかポンポコ弾けて増えるように面白いことを見つけることができる。まず電信柱が一本だけ、ツルツルの砂利でデコられているのを見つけた。黒い玉砂利に白い塗料でひし形の(わたしからしたらキラキラマーク✦)が手書きされている。それからいい坂道を下ったり、いいトイレを案内してもらったりした。アテンドが上手い。2020年に歩きまくったという道をいろいろ教えてもらう。google meetの背景にこの川をみたような気がするなと思った。ある友達の誕生日プレゼントの包み紙を自作しているのを去年も見せてもらったが、今年は切り絵であった。葉っぱが紙に切れ込まれてキラキラして、枝や幹は風が抜けるように細くカットされた木の切り絵ですばらしい。相当秋が好きなんだなと思った。 駅前のいい文房具屋で、小さな本の形のクリスマスオーナメントと忍者のシールを買った。忍者のシールは小山君へのプレゼント。小山君が好きなのは忍者なのであってシールではないから見るだけで満足しそうでもある。前に刃物屋で買った手裏剣は大変に喜んでもらえてそれはそれで面白い。小山君はコロナの後遺症で味が全然わからないようなのだが、それなのに料理を上手につくる。鯖を醤油につけて焼いたり、きのこを葉っぱと炒めたりが美味しい。薄切りのかぼちゃ

2023/11/01

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 千代田線を使うようになって、行動範囲を広げやすくなった。今日は午後から東京駅に行った。丸の内は街の隅々まで資本の目が行き届いている。私はナイロンのパーカーを着てリュックを背負い歩いている。カバンの中にはウルトラライトダウンが丸めて入れてある。観光客みたいだな、と窓ガラスに映った自分を見て思う。 シェア、贈与、などについてもっと考えておく必要がある。準備の時間切れも近い。 覚書 a.良い方法はきっと自分の中にあるのではなく、たとえば空間とものの配置の方にある。何年も使うのでなく、今使って次の時にはリメイク、アレンジ、カスタマイズすることが前提となる仮置きの配置は、次の機会の時に動かしやすいように置いておくことがその設計における唯一の指針のようなもので、あとはどんな形であれ構わない。 覚書 b.シェアとはたとえば受け取る側でアレンジを加えて使うことが前提になるものである(だからめんどくさい)。工夫が加わるので、だから減らない。増えて、また戻す。受け取るだけじゃなくて戻すという動作が重要だと直感している。問題は何を戻すかなのだが…。 覚書 c.シェアとはたとえば、プレゼントすることとは異なる。シェアはされるたびちょっとずつ内容を増やしながら増えたところが盛り上がったりして、有機的に動き続ける。だからあげてしまうプレゼントや交換のようなピストン運動とは動き方が異なる(のではないか)。「プレゼント」とはどういうことか……… == 齋藤君と待ち合わせて、エルメート・パスコアール・グループのライブを観る。豪華に演出された場所に、チケットを持って入ってもなんだか身の丈に合わないという感じがしたが、始まってしまえばわたしではない。齋藤君は体が痛いようだったがそれも演奏の間消えたようだった。座って前を向いて何かを見ている間は体が消える。 エルメート・パスコアールたち。めちゃすごくてすごくてすごいすごい。なんでまとまりが感じられるのか本当に不明だ。みんなめちゃくちゃやってるように思え、きっと本当にめちゃくちゃやっているのだとおもう。アレンジ、カスタマイズ、DIYのようなことを演奏の端々に仕込んでいるという意味で。それから、人の分まで引き受けてめちゃくちゃやるというのもあるかもしれない。あるいは穴だらけに演奏すると、そこに誰かがなんかのリズムを放り込む。その連打の並走が、たまに盛り上がり

2023/10/31

 どうぶつの森でアメを配りまくる。ハロウィンの家具が可愛い。黄色いかぼちゃの飾りのついた木の幹はオレンジのものよりも黒い。それがかっこいい。 パラダイスエアに脳の神経がつながり始めたかも。何が起きてるかがわかる。ここではほとんどのことを仮置きのままに心の傾く方へ進めることができ、心が傾かなければとどまってもよい。ほとんどのことは誰に決定権があるでもない。だからみんなで話す。 夜、荒谷さんの講座。久しぶりに参加できてよかった。今日は私の回だったので、ミミズが死骸を分解するように古着のユニクロやGUを100円とかで買って着る資本主義の分解者の話とか、詩が物や風景にくっついて物が風景がアートになるという話を少ししてみた。荒谷さんから資本主義の分解者はミミズみたいなかわいいもんじゃなくたとえば怪鳥みたいな様々な矛盾を丸ごと飲み込んで平気でいるようなものなんじゃないかといわれ、ゴジラ、ヘドラ、の続きの怪鳥のモンスターを少し想像した。その絵は描いてみたいなと思った。

2023/10/27

 昨日円盤に乗る派のプレビュー公演をみて、ひとの動きとか存在感までも重力4分の1くらいに感じられたなーと思い出している。台詞や衣装も面白く、特に主演の男性はものすごかった。個人の技を超えたような再生ができる身体をつくる過程はどのようなものなんだろうか。 演劇という言い方を取らなくたっていいけど(だってなんか「とは、べき」を語る人が多くてハードルを感じるのだ)、急に集った人となんかするんじゃなくて、稽古(という言い方もなんか変)をして、作品作るとしたらどう進めるのがいいんだろうか。つまり劇を見て、劇をやってみたくなった。 ティノセーガルを想起して、しかしそれともまた違うのだと頭の中でサッと折り返す。金沢の個展は良かった。2年前だが。振り返るとわかる面白さ。部屋という制限があればこそだ。そういえば数年前にティノセーガルの個展が香港であった。何が行われたのだろう。水戸芸での田中功起展も思い出す。カタログが欲しいと思って、(昔は買えなかったので)ネットで探したら「コ本や」の在庫がヒットする。買った。 最近の悩み。ずっとバラけてしまうこと。やりたいことの不安定さと、人が集まるという状態のコントロールの効かなさと、コントロールをするということ自体への疑いと、で定まらない。そんなことを言うのも言い訳がましいかもしれないが。しかしさすがにこれまでに無い不安定さで、前人未到のバラけ具合なのではないか。不安だ。 ウェンデリンさんの展覧会を思い出す。複雑さを保ってバラけずに成立させる手つき。見事でしかない。鑑賞者との課題設定や前提共有のスピードが早く、それでいて、ディテールでは他の問題系や見る個人の生活にも接続できる箇所がある。オブサダのvimeo買えたりするだろうか。あの作品は私にとって心の支えになるようなものだ。コレクションに入ったんだっけ?まあコレクションだっていつでも見れるわけでは無い。展覧会ごと買いたかった、私が富豪ならば。

2023/10/24

未来とおしゃべりした。学生の頃に話したかったいろんな嬉しかったことやもやったことを今話すということに価値を感じて、あー昔があってよかったなと思った。初めてそういうふうに感じたかもしれない。 ロマンチックな昔のできごと。嬉しいけどなんかゾワゾワしたこと。そういうのを話す時、なんでか悪口みたいになってしまうけど、それは単に私の人格的味付けによるものだ。時を経て登場人物全員の実際の関係が切れている状態で、経験したことが話されるのは楽しい。これが物語なのかもしれない。であれば、いつかずっと先に思い出して語るために、いろんなことを覚えていたい。日記はその助けになるだろうか。むしろ阻害するかもしれないけども。 小山君が寝込んでいる。看病というかただポカリを買ってきたりするだけだけど、そういうままごとみたいなのが地味にたのしいというか、人のことをやる隙間で自分のことをしているんだが、自分のことをやる隙間でひとのことをやってるんだか、どちらとも取れないことに細かな発見がある。さまざまなことが一体となって、この家の中をすごく大きな蛇のように時間と作業が合わさって動く。ひとり分とその他の領域をどこまでやるかということを考えるよりも、二人分をどのようにやるかと考えれば自分はやりやすいのかもしれない、と感じた。暮らしは奥深い。

2023/10/19

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 ユキさん、ジョンア、ヘジンとさいたまトリエンナーレへ。アテンドっていうかただ一緒に展示見に行って遊んだだけだが、一応パラダイスエアの楽しい仕事の中にある。香港で、レイチェルやバンチやジェイミーが同じようにいろんなところに連れて行ってくれたことを思い出す。英会話レッスンの効果があるのかはよくわからないけど、事務的だったりミーティングやパーティーみたいな場よりも散歩はよっぽど話したいことがたくさん見つかる。あの作品よかったよねーとか、ご飯食べた?とか、道に迷ってすみません(Google mapを開いたiPhoneを水平にして青い丸からでてる方向を示すオーラみたいなのを見つめながら、立ち止まって右に左にぐるぐる回る。sorry,i wrong !maybe this way!ごめんなさい!ユキさんは同じような感じのようだった。ヘジンはi trust you~と言った)とか。 山岡さんの作品は興味深かったけれど、トラウマひらいてくるっていうか、どうにもならずそのままにしている散らかった部分をまた見つめ直さなくてはならなくなってしまう。そうねー、、と思う。個人的な傷に関する作品は危険が伴うけど、その手続きが必要な時もある。山岡さんの作品は、1991年とかから個人へのアンケートや聴き取りで集めてきた個人的な記録の蓄積であった。剥き出し同士のヒリヒリした個人であることが映像の中で話してる人と私の間に共通する。そうねー、というのは、インタビューの中で取り扱われる多くの質問に共通する映像の中の人への相槌である。自殺や希死念慮についてはなしているところを見ながら、セルフの問診書取りのような感じで自分の手元で思ったことを私が書いた内容のゆる訳として。 自分の不快感や危険への警戒心が強いために、久しぶりにそうした話題について触れることになる。半ば強制的に、その人のタイミングでなく考えさせてしまう、巻き込む、というのは、展覧会の前提として考えておくべきことであろう。作品に接触するというのは、私にとってはある距離における当事者として自分の中で考えることになる。というのは、つまり、死にたがってる人を止めることとかは、止めたいと思ってもそれを押し付けて制限することは、できないんじゃないかということなのだが。 死ぬという選択を取ること自体が病気だというのは違うような気がする。これも病気という状態へ

2023/10/18

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 風邪引いてたけどあったかくして寝たら治った。寒かったのか、花粉が息をひそめたのか、わからないけど鼻水と咳と頭痛と微熱が治った。かぼちゃとか玉ねぎとか栄養ありそうなものたくさん食べたからかもしれない。セーターを着た。胸のところが透かし編みになっている寒いんだが暑いんだかよくわからない服だが今日には合っていた。 少しだけ出かけて、鮭と、少しいい舞茸を買った。オンゴーイングで食べた豆とオリーブのサラダが美味しかったので真似してみる。パルメザンチーズ、パセリ、レモンペッパーと和える。実家から持ってきたかわいい大きな皿の使い方が板についてきたと思う。いんげんか蕪でも加えたかった。 実家にショート帰省するつもりだったけどやめた。来月に。

2023/10/16

家で仕事をしていると外に出ないで過ごす日がある。音楽を(環境音をそうみなすとかでなく….)を一切聞かない日がある。飲み物を全然飲まない日がある。それが今日だった。空間を感じるための「抜け」みたいなものがない。気分転換がてらスーパーへ晩ごはんの食材を買いに行く。 寒い日はあれです鍋です そうでしょ、そうでしょ、そうでしょう スーパーで流れる曲を覚えて、冷蔵庫に物をしまいながら歌う。 -生姜焼き -舞茸(軽く火を通し生姜焼きの余った味と絡ませる) -ほうれん草のおひたし -レーズンを粉チーズとパセリと胡椒で和えた謎のおつまみ(これがかなりうまい) -煮かぼちゃ …のプレートを作った。料理に興味が出てきた。いい感じの店で食べた物を思い出しながら作る。

2023/10/15

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 春佳ちゃん、池ちゃんの結婚パーティー。朝から何着ていくかを考える。静かに鏡の取り合いになる。鏡は小山君の持ち物だし、と思って、今日はいつもより1割増しくらいに遠慮しつつ着替える。 とにかく人が多くてすごかった。シースルーのワンピースをシャツ+パンツの上から被ったコーディネートで参加したら何人かから褒められた。この服を着るといつも褒めてもらえる。素敵な服だし、それが私にきっと似合っているのだと思う。おしゃれして行ったが人混みで後ろの人が見やすいように立ったり座ったりとたくさん現場的な運動をした。小さく動くことのできるしなやかな身体になりたいとか思ったが、夜には忘れた。のを今思い出した。キッズスペースがあってその周りに子どもにみてもらうための作品が吊り下げられたりしている。オンゴーイングはもうずっとこの形態で運営していいのではないか、と思った。それほどに素晴らしい会場構成だった。人は多すぎたけどそれも楽しい。 春佳ちゃんと池ちゃんの結婚というメインイベントの傍らで、すっかり久しぶりに会う友だちに一度にたくさん会えたので嬉しい。6年前の個展でチョコを一緒に作って遊んでた姉妹はすっかり大人になっていた。彼女たちの6年間と私の6年間は恐ろしく違うのだ。身体が変化するというのは本当に驚くべきことで、それ以外の変化は些細すぎて目に留まりにくいかもしれない。インスタを交換した。ゆきえちゃんはやはり指輪をたくさんつけており、カチャカチャするのが楽しいけどカチャカチャさせすぎるのもなと思ってこれくらいに留めたんだーと言っていた。いろんな種類の指輪があるのだな、見ていると組み合わせて楽しむようなアクセサリーが欲しいかも、と思った。指輪は好きだけど無くしてしまうのであまり高い物を買えないのだが。それと草太がかなり調子に乗っていた。少しの時間でいいから草太の情緒になってみたい。つがちの家に7月に行こうかとしてたがやはり無理で、それっきりにしていたらもう10月も半ばだ、どうしよう、というようなことも話した。みんなとずっとずっと友達でいよう!みたいな気分だ。豆のサラダがすごく美味しかった。 神父は東野さんだった。すごい結婚式。

2023/10/14

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陸さんの上演で「バス停には8人並ぶ」と記述され読み上げられた人の数をちょっとだけヒトっぽく開き直してライブで速記した時に処理落ちしながら作った絵below(みんな変な帽子かぶってる) 指示された行為自体がなんかのトレーニングになった。強制されて絵を描くのはふつうにワークショップぽくて、巻き込まれている上演のバーバルな内容以上に自分に迫ってくる。作るということの力を感じた。 登場するオブジェクトの全体の数は文を構成するパーツとして上演までに有限化され固定していたなーとか。ひとの作品みるとめちゃ勉強になるな。。複数の人とその間や個人の内で行き交い留まり澱む知の、集合や離散の取り扱いを扱う手つきはかなりその作者個人の生き様由来にスタイルを作るねー。16パーソナリティ診断よりも明白に現れる。

2023/10/13

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 野瀬さんとめちゃ語り。最近毎日誰かとめちゃ語りしてる。 ガラスのエレベーターをやろうと考えた人は素材への信用度が高い。誰かが信用して基準を作ってokになったので22階まで一瞬で着くようなガラスの箱に私は乗ることになる。 すごく少しずつ丁寧に修正し続けてきた結果、アイデアがまとまり、いいプロジェクトになりそう。今思ってるだけかもしれない。 インスタでひとの作品の写真をあげる時タグ付けというかメンション入れる時と入れない時がある。その差をつけることにとくに意味はない。タグ付けは割と気持ちの悪いシステムに感じる。そのSNSをやっているひと同士の絆をやたらと深める!DMと質問boxは楽しい。共同ライブ配信をいつかしてみたい。 週に一度はこのご飯を食べてる。 長机でコンビニ弁当、絵面が辛すぎるのでやめたい。

2023/10/12

 コインランドリーの2Fに間借りした喫茶店で後藤さんと話しているとたまに家がぐらぐら揺れた。揺れるのは怖い。店内は繊細なDIYで設えられていた。丸く平べったいガラスの板が、コンクリートでできた中空のレンガを積んだ脚の上にそっと乗っているとかみたいな。そういう、物への慈しみ?に満ちていた。綺麗な場所に行くと自分はなんと適当にものと付き合ってるんだろうと思う。

2023/10/11

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✅フィオンとおしゃべり セックスエデュケーション、君たちはどう生きるか、バービー、さいたま国際芸術祭などの話をした。久しぶりに会えて嬉しい。2016年ぶり!パルコでやるパフォーマンスの相談もした。 ✅ボートとデート お腹が大きくなってて驚いた。疲れ果ててアイデアはあってもやる気が出ないことを相談したらハグしてくれた。安心した。渋谷でハンバーグを食べた。 ✅PARCOの下見 4階にあるチンポムの店でトモトシさんの作品を見た。コロナの時にも街をめちゃ彷徨いてたんだなと思った。他にもいい雑貨屋があったから小山君に教えようと思って場所を覚えた。作品のアイデアはなんとかまとまった。安心。 ✅アイデアをまとめて阿部さんと打ち合わせ 西武の地下にあるブックカフェに行った。豊かで文化的な感じって、知的な感じがする芸能人(星野源とか石田ゆり子とか)のエッセイとか、気の利いたプロダクトとか、落ち着く感じの照明とか、そういう「感じ」のいい、「物」の集まる場所に訪れることで自分もそんな登場人物みたいになることを指すな。みたいな。 再開発で建物の裏側が丸見えになり、そのせいで快適になったオープンエアなプライベート空間で満喫してる人を見た。

2023/10/08

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 金沢1日目。金沢まで行く新幹線から見える景色が好きだ。ものすごく平らだったり、扇状地だったり、赤城山だったりが見えるので楽しい。 鞄の中にフランシス・アリスの展覧会図録を入れてきた。会場下見のために人混みを避けて川を目指し歩く。煙草も吸いたいし、そのうちコンビニかカフェを見つけて昼ごはんを食べようと思っていたのだが、道に迷って懐石料理店だけがある路地に出てしまった。仕方ないので調べて最寄りのカフェに駆け込むと美味しいサラダ(ケークサレ、クスクス、厚切りのベーコンがのっている)のプレートにありついた。蒸した舞茸もたくさんのっている。軽く味をつけた紫玉ねぎといい感じに絡めていただく。おいしい。 川沿いを歩く。いつも下流がある方向(のような気がする、)に山があって水が駅方面へ流れて行く。川を逆行して歩くのは不思議な感じがする。山を挟んで島の逆側にいるのだ。異なる水源の土地にいる。方向感覚がなんか狂う。 だみお氏、やまと氏と夕飯を食べて楽しかった。近況報告をしあう話の流れで交換日記をすることになり、酔っ払ったままコンビニでノートを買った。密かに3周を目標に思っている。

2023/10/07

 高田さんの個展見に行ったら知ってる人にたくさんあった!個展の最終日がある街にはアーティストが溢れる。 ふらっと入った美容院で髪を切った。よく知らない人から職業を聞かれるとイベントを作ったりする仕事と言ってしまう。明日金沢に行くと話すと、能登の砂浜をドライブしたことがあると教えてくれた。普通の道路みたいに車が列になって走っているそう。画像検索せずに夢の中に出てくるような妙な景色を想像しながら話を聞く。頭を触られると眠い。

2023/10/06

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 ほとんど何の成果もないまま毎日が過ぎていく。 美学校に送られてくるチラシの整理をしているとそれだけで1時間半くらいいつもかかってしまう。毎月捨てるのもすごい量。廃棄にもお金かかっていろいろとおかしい。全部ドロドロに溶かして紙漉きがしたい。 美学校スタジオで生涯ドローイングセミナーの有志展覧会をみた。kamonpoiさん。同じペン、ノリで描かれたものの塊が7月とか8月とかグルーピングされて展示されている。瞬間的な発露の継続。日付もあったらなあ。シーズンとしての月よりも、有限性がありありとした日が示されていることの方が私にとってはなぜか重要なのだ。と思った。金子圭太さん。展示技術としてのビス、垂木、磁石、クリップなどもドローイングと呼ぶ。描いている時はそれがドローイングであるとか、作品であるとか、あらかじめ価値を設定しない態度に思えて最近自分に足りないのはこの気兼ねない素材との仲良さだなと思った。仲良くしてるうちにアイデアとか絵とかができてるような。ほかにも作品はあったが、特にこの2人の作品を見て、ドローイングは技法や表現形態でなく態度である!と思った。前に寺平から「うらさんは文章でドローイングをするタイプだな」と言ってもらってその時にはたしかに…と思ったけど、文でそんなことができるほどの使い手ではないかもしれない。なんかの動きを捕まえる。 眼にたくさん光が入ってた 明日髪を切る

2023/10/03

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 作品の準備まったく進まず。明日は川へ行ってみる。パフォーマンスや誰かとなんかやることの想定を、場所もあまり想像できなく、相手も見当たらないかもしれず、天気も読めず、いじらしいようなひとりよがりのアイデアを持ち込んでどうするつもりなのだろう。作品の悩みは仕事の一丁前に悩む仕方とは脳の違うところが刺激されて、なんか鈍いような感じ。すぐに自分が拗ねて自分から逃げ出してしまうのだけど逃げる場所も身体もない。 知らない路地へ入ってみた。線香の香りがする。

2023/10/02

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 直感的に建物は街ではない。歩行者であることが自覚されない空間。 または目的空間。建物の屋上に公園があっても、そこは制度的に公園なだけで振る舞いとして公園することが想定されていない場所に、アートという制度を背負って介入可能なことは? 街が豊かになるという指針は? 渋谷パルコに下見に行った。エクイティにひらけた街のあり方ってどんなものなんだろうな。みたことないわ。

2023/10/01

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tagboatみたいなとこで作品売ったりする前に相談に来てって思った。金をあげられるというわけじゃないけど、悪徳相手とのユーモラスな付き合い方のアイデアは出せる。ユーモアで勝つ…アートなのだから。。 オンゴーイングコレクティブの次のプロジェクトのためのイラスト。

2023/09/29

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漢方飲んで健康。飲むと胃がすごく動くので不思議だ。体もポカポカしているし早起きできた。なんと7時に!朝は素晴らしい。暇だし。キッチンを掃除した。 「セックスエデュケーション」はセックス以前に他者と共にいることの心地よさを追求すること、合意形成についての物語だ。学生主体の学校が舞台となる。 S3までアジア系が少なくてイギリスの田舎の人種の比率ってこのくらいがスタンダードなのかなーと思ってたが、新キャラOがすごくいい役どころなので なんか嬉しい。(韓国系のようにみえる)。S4は ゆとり世代とZ世代が同じクラスで学んでるみたいな感じ。ルビーが好き。私のバジャイナです!友達できるといいな。 オープンに話せる安全な場所であるというような理念があったりする場所で、困ったりある状況に不利を感じているとき、そういうルールや雰囲気だからってことだけで自動的に個人が抱える不利感は解消されない。それを言語化するのも本人の主体性に任される。というのはそれ自体大変不利な状態だ。。オープンであること、十全なケアは不可能であること、サービスがかえって能動性を抑制すること。塩梅は難しい。エリックは新しい学校はmy spaceな雰囲気だけどナイジェリアや教会は自分の場所でありつつ居心地悪い。。

2023/09/28

ここ10日間、夜に少しずつピケティ『21世紀の資本』の映画版を止めつつググりつつ観ている。映画というよりは図版大量スライドという感じだ。1時間45分の間超高速高圧縮で資本主義の歴史が話される。この映画がどの程度妥当なのか正直あまりわからないのだけど、ひとまず大掴みにする教材だということにする。資本という言葉の定義やそれぞれの年代のディテールは他の資料にあたるしかない。世界の終わりに向かうというような勢いを7時間くらいかかって50分まで来た(レンタル視聴の延長は6日目)。モートガーソン Mother Earth's Plantasia(1973)。めちゃ時代を圧縮した説得力だなとか過剰に汲んでしまう。

2023/09/22

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AがAをAする構文で遊ぶやつのメモ 彫刻が彫刻を彫刻する 演劇が演劇を演劇する 制作が制作を制作する 教育が教育を教育する 複製が複製を複製する 誤解が誤解を誤解する 抑圧が抑圧を抑圧する 広告が広告が広告する 意識が意識を意識する 記録が記録を記録する 痴漢が痴漢を痴漢する 誰かと遊ぶたびふっかけて増やしていこう。 下北沢へ本屋を見にいったがめちゃくちゃ雨に降られて終始無言で歩き、屋根の下へ入ったらどうしよーといい。雨が降る前にタープの下でzoomしてるひとは雨が土砂降りになってからもそこに座っていた。pcを抱えたまま雨の中移動できないし、オープンエアに閉じ込められていた。タープの上に溜まった雨水がかなりの頻度で滝のようなししおどしをするのが面白かった。喫煙所にはめっちゃ汚いペットボトルが。カラオケでウーロンハイをめちゃくちゃたくさん飲んだ。歌いたいわけじゃないのかもしれない。カラオケで聴く曲を聴くための施設というか。カラオケに行く人数の少なさと、絶妙な能動性と、が組み合わさると酒が止まらなくなってしまう。酒を飲んで久しぶりに少し吐いた。次の日を気にする必要のない日に体が強くあることが嬉しい。朝に仕事をひとつ済ませたというのがいいコンディションの理由かもしれない。日頃基本緊張しているか疲れているか焦っているかのどれかにあり、その状態に他人と関わるスケジュールが足されることでストレスになることも多いのではないか。最近は一緒にいることを喜んでいること素直に表現できる機会が増えて、無理がない。嬉しい。

2023/09/18

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斎藤玲児さんの個展に恵比寿peopleへ。ギャラリーの床で何かを畳んだりしているひとがいる。あまり気にせず中へ。大らかでいい空間だと思った。タイトルのナンバリングはなんなのだろう。前に聞いた気もする。日にちが増えるごとに、つまり生き続けるにあたって、フッテージの可能性がざわざわと現れては消え続け、それをカメラで撮ってああいう現れが増えてこのナンバリングも増えていくのだと想像すると少しなぜか怖い。直線を素早く通り過ぎていくのに増殖的で、それでいて絶えず忽然と消えるようなのはどうしてなんだろう。齋藤匠君(サイの字は勘で)が前に、「酔った後に入る風呂」と形容した音楽の感じとその形容詞を思い出す。それは日記的な鈍さを引き摺り回すような音楽でもある。ずっと傍にあり、どうにもならないことを納得する心の傾き。曇った甘さがある不快。他のナンバリングの展示よりも音声が音楽的な気がする。というか強く惹かれる。ポップ音やマイクが通電したみたいな音が呟きのような、鼻を啜るような存在感に思える。そう感じるからいいのだというわけではないが。すごい作品だ。 日記から言葉をバラバラに外して自分の日記を引用することで構成した文の作成を目論んでいる。毎日何を考えているのか(結局なんも変わらずに同じことをずっと言ってるのかもしれない)自分でもよくわからない。鈍さを湛えた編集、理解、情報伝達。   goodルノアールの床。

2023/09/17

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玄関、トイレ、クローゼットを含めて9枚あるドアの(そのうちひとつは引き戸だ)そのうち、7枚が壊れている。天井が歪んでいるのか、ドアがドア枠に嵌って動かなくなってしまうのだ。閉めるのも開けるのも力がいるので玄関以外のドアは基本半開きにしている。 加えて窓も問題がある。二面採光の部屋の二面はそれぞれ、住み始めてからすぐにヒビが入った東北東の出窓と、大寒波の時に寒暖差でヒビが入ってしまった南東のベランダ(このベランダの大きい窓はもう5年くらいずっと開け閉めがスムーズにいかず、いつも綱引きみたいに力をこめて窓を左に滑らせ右に滑らせしている)である。ワイヤー入りのガラスなので飛び散ることもないのでそのままにしているが、とはいえこれはきっとまずいよなと思ってから3年が経ち、しかしもうすぐ引越すだろうし、と先延ばしにして結果いまだにこの部屋に暮らしている。別にいいけど…。歯医者に通うのをやめてからももうすぐ1年が経つ。そんなふうに遅延していることを暦のように使うのはそれだけで疲れる。 反故にされた約束を私だけがずっと覚えている。同時に私は私が破った約束をほとんど覚えていられないのだが。そうしてそれぞれの元には嫌な蓄積だけが溜まっていく、と世界はそういう仕組みになっている気がする。スルースキルはあれば便利なのだろうが、それがどこでいつどうやったら身につくものなのかというのを教えてこようとするのは詐欺師しかいない。※この段落は「違国日記」を一気読みしたノリのままに書いている。朝の顔が好きだ。 夜、沖啓介さんとオートボーイ氏のライブを見に阿佐ヶ谷のライブハウスmogmogへ。シンセサイザーとデスクトップミュージック(というのかよくわからないが)とエレキ化したいくつかの楽器によるインプロのデュオ。演奏は展開が身体的とはほど遠く、沖さんと話していても会話の展開に対してそう感じることも多いのだけど、急に、ものすごく速いスピードで、あるいはカットが切り替わるような感じで、それでいて隣り合う音のままに展開がなされる。全く違う話をしても、全く関係ないわけではない。語彙や知識の連打というだけでもなく。しかし何かの連打ではある。音楽面白い。みんながオタクな話をしてるのに入れないので(別にそれでも構わない)店に置いてあった雑誌をめくる。中国のインディバンドが色々と紹介されているので、気になるものをApp

2023/09/16

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入賞展で 制作費が30万もらえる(VOCA展みたいな色々と狭苦しい構成の…)コンペティション展示のために作品を考える。あと20日ほどで搬入だけど作品がまだない。急にひらめいて、2人でやるダンスの作品をやるしかない。となった。パフォーマー2人に10万円ずつ、カメラマンに5万円、デザイナーに5万円のどんぶり勘定だがなんとかなりそう。タイトルは「異なるものが同じ風に吹かれる」。20時から24時まで昼寝したらそんな夢を見た。夢の中でのプレッシャーがすごかった。ほぼ悪夢みたいな感じ(金沢の作品は、この夢に見た作品の練習にしようか)。プロットを書いてそれが本になる。これはおそらく戯曲というものだ。夢の端にそういう部分もあった。 金沢芸術村の個展の時は、制度とその仲立をした宮崎竜成さんに相当救われてあの作品を作ることができた。本当に感謝…と2年経ってもずっと思ってる。宮崎さんはキュレーターと名乗っているわけではないが、だからこそ働きが浮かび上がる。キュレーターの働きは本来、作品がその場所にインストールされるまでの補助をすることを指すはずであって、人選はそんなに重要ではないのかもしれない。人はコンテンツじゃないし、過去作は自由の効く挿絵ではないから。アーティストにとってはキャリアが云々だしそりゃ展示したいからその機会をどうにか作るべきだけど、それはキュレーターの仕事の範囲外かもしれない。インディペンデントキュレーターって言ったもん勝ちな謎の肩書きであり、それはアーティストもそう。そのかわり自分がやっていることがアートであることだけは保証するというか。肩書きはそれだけのものだ。働きが先立つ。 スーパーに新しく設置された応募ハガキのコーナー。防火扉の前にタイヤ付きのハンガーラックとワイヤーの網みたいなのを組み合わせて作られている。無駄がなくて素晴らしい。

2023/09/15

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中学とか高校とか、あの男子とか女子とかに過敏になっていく過程をどうにかできるマルチバースはあったのかな、と考えていたら、幼馴染のM君のお母さんのお通夜で、母たちが死に方を人格と合わせて物語的に解釈(あの人らしい最期だった等)して泣きながら話していたのを思い出した。 つなちが誘ってくれたのもあって、ソー・ソウエンさんの個展をみにいってきた。なにかが違ったらかなり無理な身体の捉え方だと感じた。でも会場がすっきりしていたからか大丈夫だった。臍の緒が関係する作品の延長コードを飛び出させて電源を分けているのを見せてるのが気持ち悪く(作品としていい悪いという話ではなく)、そういった現実の処理にこそ個人の思想が滲み出るなと思って面白く見た。

2023/09/14

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 site sensitive という言葉を知った。場所によって変化する知覚を言い表すのにこれまでcondition とか差異の束とか知性の集まりなどと言ってた領域のニューカマー。全ての場所で共通して気にかけるべきこと、あらかじめ確認し合うべきこと、何かが起きてから対処すればいいこと、言わなくてもいいこと。

2023/09/13

 じゃがいもと玉ねぎのコンソメポタージュ作って食った。アーモンドミルクを塩っぱい系スープの割りものにすると全部美味しくなる。 白だしでといた卵焼きも神がかっていた。おいしいというフィードバックがあるので料理はめちゃ楽しいな。毎日するわけではないけど…。 草は水やると元気だし、掃除はすれば綺麗になって気持ちいい。というか誇らしい。ものは加工の分変化が返ってくるので付き合いが正常なうちは健やかに付き合っていける。ぶら下げたり、畳んだり、仕分けしたり、分解したり、できることが見えるししたらしたで留まる。嬉しい。筋トレは身体がものだということがよくわかる(めんどくさがる私が邪魔だ)。随分前に、催眠術で禁煙した話を聞いたがあれって本当なのだろうか。

2023/09/10

  晴れ。遅く寝たにもかかわらず早起きしたので嬉しい。昨日沖さん、もっちゃんと夕飯を食べに行って、かなり食べ過ぎてしまったので胃の調子とか全体的になんだか朝から満身創痍だったが、薬を飲んでなんとか復活。粉末の(錠剤があるのかは知らない)太田胃散を大信用しているので飲んだ瞬間から安心してしまう。ドトールへ。ドトールのコーヒーには下剤でも入ってるのか、いつもいつもトイレに行ける。太田胃散を飲んでドトールへ行く、というのは食べ過ぎて胃腸がつっぱっているときの解消手順だ。ドトールのトイレには「○○しね(名前は秘密)」とボールペンでドアにまあまあ大きめに掘られている。そんなところもご愛嬌である。 駅に向かいエスカレーターに乗る直前の壁駅に「獅子舞」「本日」が貼ってあるのを見つけて登ったその足で小山君とおっおっおっと見に戻る。近くでこれからまさにちょうど始まるらしいので、踵を返して見に行くために一駅だけバスに乗った。 おじいさんたちが笛を吹き、なにやら紙をみながら歌い、三人の獅子舞と一人の合図を出す踊り手がそれに乗せて舞っている。屋外の土俵の屋根を支える4本の柱にはそれぞれ、小鹿の毛皮が縄でくくりつけられている。よくわからないけど謎の説得力があった。暑いのでデカビタを買おうと自販機のボタンを押すと、瓶の絵が缶に描いてある缶ジュースのデカビタが出てきた。それは話が違うよ!!!戻り道はジュースを飲みながら歩いた。 世田谷美術館へ。のためにバスに乗るも、どんどん田舎っぽい景色がバスの車窓に。多分違うなと思いGoogleマップを確認するとやはり間違っている。申し訳ない。終点まで行ってまたバスに乗った。展示を見る。花森安治はすごいな。いいコレクションだった。さすがに足が疲れた。帰りもバスに乗り、今日は四回バスに乗った。 最近やっとわかったことだが、わたしはどうやら地図を読むのが苦手みたい。Google mapの青い点々を辿るのも難しい。バスも間違えるし電車もだめ。だけど移動の足取りに力強さがあり目の前に停まったバスに飛び乗る。行き先さえなければそれでもいいのだが。散歩はほんとうに得意だと思っているけど、それも怪しい。 ちっちゃなアカネズミ?がいた、

2023/09/07

上司に対してそれやめてほしいとか言うべきだよなーとか、そこから勇気を出してハラスメント被害をひとりきりで訴えたりとか、そういう孤独があちこちにある。そんなめんどくさいことはしないでもいい。 理解するふりをする人。「なんで怒ってるのか説明して?」って言われた時(遅れてきて)(議題は事前にシェアしてあったにも関わらず)(読めよ)(なんで怒ってるの?って聞かれることはストレスなので文を読んでおいてってことも言ってあった)(読めよ)、「あ、このひとわたしが幼稚な考えだから怒ってるって思ってるんだ、説得して気分をなだめてあげようとしてるんだ」ってなったことある。ため息でた。 自分がハラスメントを受けている状況にあったときはふつうに震えて喋れなくなったし、そんな相談とかもできなかったし。今思えばあれはハラスメントだけど、その日の夜は「あいつガチで病んどるわ」と思ってどうしてあげたらいいのか考えたりしていた。わたしだって花屋さんを続けたかったけど店長がハラッサーだったのだから私が辞めるしかない。上下関係があるっていうのは、そういった時であっても円滑にことを運ばせるためなのだ。 言えないつらさと表に出てない被害がそこらじゅうにある。そういう世界だと思う。 俎上に上がった問題について正しさの選択に引き裂かれる野次馬のリテラシー、お気持ち、まじでどうでもいいっていうか、複雑さに耐えられない者たちに、その代表者として助言を与える動きがあるのが信じがたい。それって端的に鑑賞者や周囲を舐めてるよな。みんな考えてるし、悩んでる。悪いことが起きてほしくない。だから考えてる。その戸惑いを共感に導いて無効化するのは、詩の悪用だ。強くそう思います。 評価をする側のひとって、野次馬ポジorハラッサーがほとんどなのだろう。だからそういう評価する側の立場をエンパワメントしてくれる(その立場にある人も悩める個人でもあるからあえてエンパワメントという言葉を使う)そういったもの、活動、人が評価される。これが特権的立場といわずなんだと言うのだろう。 表に出てない被害を、全く関係ないひとが、どうにかサポートする。その結びつかなさ。権威もないから実効する動きを取ることができない。権威を持つ人は立場守るためにうごかないし。その仕方を議論しないと意味ない。そのために「私たち」という単位を持ち出すのだ。 ふいに「正しくて優し

2023/09/06

展示見てないのに展示のこと批判することについてのメモ(それと鑑賞ー者について) まず前提として作品制作や発表は市民活動。そこに、美術という学問や美術館という制度が接続する。制度ありきの活動ではない。順番が逆。美術という制度の中でステータスアップするゲーム=アートではない。 展覧会=いくつかの作品を並べている空間、ではない。無鑑賞者空間は通常の意味で展覧会とは呼び難い。開催する場所があり、日時があり、それを広報し、そこにひとが出入りする環境を設えることが、作品を並べるよりも先立って展覧会を作る。日時と場所とタイトルと出展作家という情報は展覧会を下支えする。下支えの情報を得た上で、鑑賞における美学的な判断はその下支えを回避するか?しない。 展覧会自体、鑑賞者を必要とするパフォーマティブなもの。鑑賞者を募らない内向きなものを、広報するなんていうのは共存しえない。 広報の結果、会場にひとが出入りする。作品を作り展示している者、そのギャラリーを運営する者、友人たち、迷い込んだ者、生徒たち、観にきたキュレーターやアーティストたち、コレクターたち、家族たち、アーツカウンシル東京たち、アートウォッチャーたち(他にも書けていない立場の人がいるな)。ドアから出入りし、それぞれがそれぞれの生活と知を引きずって入ってくる。それをいくらか解消したりしなかったりして出てゆく。そういう各固有の眼が作品を見る。それは鑑賞のベースにある。ギャラリーの中であれ外であれ、関係なく抱えている各固有の考えごとがある。そしてそれは鑑賞者の内で作品とくっついて内的に表現される。それが鑑賞(それを言語化して再表象したものが感想)。 展覧会をみる=フィジカルに訪れて作品を見ることだけでない。作品は作品。広報で受け取った情報、下支えとなる構造。そういうものも合わさって展覧会はできている。構造的な問題に言及することは、構造を見ているからいえることだ。アーキテクチャーは展覧会のうち。構造と構成。

2023/09/05

希少性(数)と欲望の掛け合わせの経済性のメモ 希少性:○ 欲望:○ →経済性あり>売買の価値が安定している。広報が行われる(それによって儲けを得る者がいる)。 ※欲望=中毒性、他人が自ずと動くような力 希少性:○ 欲望:×(これ以外もういらない、去勢的、本当に少ないし、もう増えない) →経済性なし>個人が思うだけでなく、みんなが希少だからこそ大事にしようと理解し合っている状態。ex)有限なもの、資源とか →マニアが個人で買う。関係するひとの数が少ないので経済への影響少ない。分配不可能、有るor無いに近い。 希少性:×(たくさんある) 欲望:○(けど欲しい) →経済性ありの場合>希少性の扱い方にバリエーションをつけて欲望をコントロールすることができる。ex)一揃いで売る。長々と売る。消耗品。 →経済性なしの場合>人によって価値判断が変わるもの。趣味的なもの。押し花。石拾い。下着泥棒。蝉の抜け殻。どんぐり。転売を含めると=コミュニティの中で価値が安定している=希少性○に変化する。欲しい理由がより明確になる。 希少性:×(たくさんある) 欲望:×(いらない) →経済性ありの場合>砂利、アクリルパーテーション、チラシ、ごみ、病原菌:リサイクル、資源、たくさん有るということは産業的or軍事的価値がある。 →経済性なしの場合>たくさん有るから配る。腐る。おすそわけ。廃棄野菜=経済を安定させるために作る余剰、そもそも捨てないといけない部分。経済にカウントされていない切れ端。売れ残り商品。大量にあれば捨てるにもお金がかかる、お荷物的なもの。生ゴミはコンポストで堆肥にする道も。 「お裾分け」のようでも、関係資本を獲得するなど普及目的の資材は当たらない。政治家がティッシュ配るとか。 ラーニングは? == ものを測る基準 希少性、耐久性、原材料、純度、品質、親しみ、珍しさ、重ければ重いほど高いものと軽ければ軽いほど高いものがある、限定されたもの=力や時間や空間をチートすることができるか(結果にコミット関係はサービス資本と入れ替え可能) == エクスペリエンス 達成感関係 自己満足→外との関係(依頼書/領収書の取り交わし、など)の程度一往復未満。評価。 高揚感、罪悪感、お得感、「感動」は何?、共感 == 学びはエクスペリエンスでは無さそう。物に近い。不定形な物。エク

2023/09/02

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 スーパーのレジに並ぶ。前のちっちゃいおばあちゃんのカゴには猫用の缶詰やらちゅーるやらが大量に入っている。人間用のご飯は豆腐とiPhoneくらいのちっちゃな挽肉のパックとぐんまちゃんの絵のついたカップラーメンがひとつ。 RedStockingの新しい号のための原稿ができた。結局徹夜で。なかなかいいのが作れた気がする。やるまでが長く、やり始めると6時間くらい続けてやる。やる気が出るのは大体23時ごろ。短いものなら一晩で完成する。書き上がる内容に波があるのでしんどいけども、他人からしたらあんま気にならないのかもしれないとはいつも思っている。日記を公開してから文章書くのに全く困らなくなった。気ままじゃない文は全然書けない。 新潮の9月号の交換日記?号、すごい面白い。日記やばい。仕事のことを書いていても全然構わない。読み飛ばすし。私の日記もそういうのばかりだから毎日webで読んでもらうより紙の方がいいんだろうな。 セロリを買ってみた。きゅうりと豚こまと一緒に炒めて、コチュジャンを白味噌で伸ばしたソースで和えた。 育ってきた環境が違うから♪ と、歌いながら料理。 誰かが何時に寝た、とか、そういう日記が書いてみたい。育児記録を取らせて貰いたい。

2023/08/31

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 とあるチャットグループに送ってないメッセージ: ラーニング〜の件ですが、ディスカッションのイベントか、ただ普通に話したいです。たとえば「遊ぶこととその効果について話す」とか。 前に煙草吸いつつ話した「ただ一緒に遊ぶだけ」というのに関して、これって、火を使っていい場所を知るとか、熱中症に気をつけながら外にいるためのコースとか、遊んでるうちにちっちゃなコンテンツ?知識?がぽこぽこ制作され、制作することで身について、結果的に参加者個々人のオルタナティブな活動をするポテンシャルを引き上げるようなイメージでしょうか。そういうことを一個ずつ吟味して遊び?過ごす時間を設計するというか、それは楽しそうだなって思っています。 「遊び 目的」でググってみたら、マッチングアプリの遊び目的の男・女を見分けるコツというのがたくさん出てきつつ、 こういうのが出てきました 。とりあえず所感として、これ子どもだけじゃないわねーと思いました。3間、というのは企画=日常的なものではないということで保証されるかなと思いました。なんかそこをうまく組み合わせてプレゼンしたら協力してくれる教育機関とかあるんでは?と見積もりの甘いことを言ってみます。 こんな思いつきを元に軽いレジュメ切って議題を設け、3人でぺちゃくちゃやる勉強会の時間を作れたらと思うのですが。(録画しておいて、文字起こしとか編集とか入ってもらって本にできたらかなり最高では) あ、こないだ話途中になってしまった、「ユニークなワークショップ」の参加者募るPRの戦略のアイデアで、生活へ何を持ち帰るのかをワークショップ実践者にしつこくヒアリングするというのも進めたいです。ヒアリングによるメソッド化狙いつつ。とりあえずフィードバックとして内部向けにテキストとか書こうかな? 雑談みたいな感じで送っていますが、適当に読み飛ばしていただきつつ。普通に話したいです。どうでしょうか。

2023/08/29

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PARADISE AIRのことをみんながインタビューされるのをきき、わたしも少し話した。ここはどういう場所なんだ、私はどうしたらいいんだ、パラダイスで何をするのがいいのかと参加するようになってから思っていた(つまり特に何もやっていない)けど、ここではむしろ特にやるべきことというのはなくて、逆に、外でやってることを持ち寄ることで多様で面白い場所になっている、そういう感じなのかな?と思った。昨年から引き続いて走っている活動に加わっているとよくわからないことだが。 インタビューの中で話しながら見つけたこととして(採用されるかはわからないが)「足りないものはない」「やるべき仕事はない」「自分がここ以外でやってることを持ち込む」というのがある。自分の口からその理解が出てくることが重要だし、なんか嬉しくなった。ここのためにやるべきことは無く、活用したらそれが日々積み重なってアウトラインになるということだ。プロジェクトではなくコレクティブであるというのはそういうことなのかもな。なるほどなあ。コレクティブであれば有機的にインソーシングできるようになる。とかね。みんなからしたら、「だから前からそう言ってんじゃん!」ということかもしれない。CSLABでは私だって持ち込んでいた(それは、ソフトとして走ってることがなかったし、大学の中におけるオルタナティブな学びの場というのを実行するには、CSLABが学生に求める/学生がCSLABに求める場の機能を、先んじて示す必要があったからだ)。今走ってることは全部もうみんなに任せて、それとは関係なく、自分がやることを作るのがいいのだと思う。それの合間に、レジデンス事業のサポートをする。いまのところは、それしかない、それしかないのだと言い聞かせている。 固い桃、最高〜

2023/08/28

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 「駅で人が倒れているのを見た。そういえばこの間も見た。」 と、メモにあって、それを5日間くらい日記に書かないでいるうちにまた倒れている人を2回見た。 コレクティブのイベントも無事に終わって安心した。コレクティブの人は教育分野に関心が高い気がする。ややこしい入り口を作らずに、講師として、とかの前提もなく、子どもとすることを話し合う時間を作りたい。「ラーニングはアーティストを癒す」というのが最近のわたしの見積もり。ラーニングとはこれまでと異なる仕方の開発を目指してひらかれる枠組みのこと。これまでと違くないとアーティストは癒されない(てか違うことによって癒される才能がある人が、ラーニングの才能ありということになる)。全部わたしの妄言だけど出しておく。tateのラーニングで「アーティストは教えるのでなく参加者をプロデュースする」というようなことが言われているみたい。なんかそれはちょっと違うような気がする。実質的に、記号の組み合わさった関係の構造として、「アーティストは参加者をプロデュースする」というのは確かにそうだけども、双方向的な学びが抜け落ちるというか。気になっている「癒し」について、いつか日記で書いたっけ?日記にも書いてないかもしれない。癒し系やポルノによる癒し効果みたいな消費することで癒されるというのとは明確に区別しつつ。だから別の言葉を当てる必要があるのかもしれないが。男性性、二元論、成果、その流れでやってきた世界全部が癒やされてしまう。 今日は昼まで寝て、定例会議にオンラインで出て、伊勢丹とニュウマンに行った。おしゃれなものを見ると意気込んでいたのに足元を見ると自分の靴が汚くてしょんぼり。小山君はすごいおしゃれだったしいい匂いだった。ステーキを食べ、足裏樹液シートを貼る。キュア初級。 オセロできるベストかわいい

2023/08/24

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 夢見がちな友人、といえばいいのか。想像力で飛んでいく人の文をみた。私も人の作品でそういうことをしている時があるはずだが。こういうのって良いけど、良いだけだなと思う時がある。良いだけというのは取り換えが効くような気がしてしまう。こんなのは見る側の問題でしかないのだが。 冨井さんの個展が面白そうだ。MIMOCAでやっている中園さんのも気になる。小山登美夫で国川君の個展が。国君は亡くなったので彼の作品は増えない。中園さんの作品の押し出され方を思うと心配になる。 あべちゃんとランチし、千葉でつるもうやと言われギャルい箱に入ったきび団子をもらった。5つ食べたので私はあべちゃんのお供。1つ皆藤さんにあげ、3つ小山君にあげた。

2023/08/23

 早稲田のWSがひと段落し、火曜にパラダイスのをやり、今日はSOUDANのやつ。早稲田のをちゃんとやるために参加、状況、ケア、ジェンダーを勉強しなおしている。相談はなにかしらのオプションという話がされ、ほう…と思った。いいような、違うような。たしかに制度空間においてはオプショナルな立ち位置ではある。逃がす場所を含めて持っている。オンラインの授業で、ディスカッションするのとは別に休憩用のチャットを作ったことがある。盛り上がっていたけど、盛り上がりを観測するための(別に他人が盛り上がってようがいまいがどっちだっていいのだけど)部屋だったかもしれない。どっちだっていいけど、私にはそんなに関係ないけど、何かが起きることのために備えておく。それがオプションだとする。 デフォルトであるとも言える。私に備わるデフォルト。だからこそ、例えば強力な企業とアーティストに対して、その間に挟まるものとしてネゴシエーションの技術として相談、と考えてみる。間接的で実際には駆動しないふんわりとしたアンチパワー的なあり方でありながら、ひとの世界を取り替えてしまえる。相談は会話の質の話だな…相談室が電車の中にあっても仕方ない(面白いかもしれない)が、でも電車の中で相談は行われる。 わしに備わるデフォルトな能力としての相談を、披露し最大化し場として位置付けるための額縁、部屋、制度空間として、オプショナルに何かしら課題を抱えた別組織に対して機能させる?あるいはいろんな人がやってくるYAUにおいては単に社交のバリエーションのひとつか?とも思う。それは相手にとってもそうだし、私にとってもそうだ。

2023/08/21

 れにちゃんの手ブラ的なグラビア許容できない…楽しそうに裸になる30歳のアイドル…裸許可=大人は法律を活用した劇場だし。楽しそうに性搾取されてるのをみるのは辛い。他人であれ。誰であれ。アイドルなんだからそもそも〜とも思う。そこ諦めたら終わりだと思っていちいち傷つくのをやめないでいよう。子どもの頃はオタクに抱っこされたりしてたらしい。今プレイボーイの表紙で手ブラで微笑んでいる。ずっとこれまで、心は大丈夫なのかな?幸せってどういうものだろうか…生き方が想像つかない。ただ同年代の女であることが共通している。

2023/08/20

 教育は、ひとりに向けて充実し、濃密なものをあげても仕方ないな。なるべく安く手に入り、たくさんの人が知る。そういうWS作品の成立可能性は…

2023/08/18

 個人の妄言垂れ流しタイムラインでなく、スレッドにレスが集まるスタイルのSNS来てほしー。リプ特化の表示が見やすいTwitterのような。Threadsというアイデアは好きだ。 スレを検索する。 AIで通訳いれて、自分の言語で自動的に表示される。 文字ベースのチャットルームがある。LINEのオプチャがLINEのUIでは無い感じ。「グループ」感がなく、「ログイン」感が強いインターフェースで。 出没スレのリンク集と、スレに関係なく全ての投稿が並ぶアカウントページ。 どの話題とも積極的に接続しないつぶやきは24hでアーカイブ。 なんかどれも密室感がありすぎる気がするんだよな、手元で操作すると没入感あるし。SNSのデザイン気になるわ。そういう作品も作れそう。SNS大好きだからな…この作品サクッとつくって夢のSNSを語るイベントをしたい。

2023/08/17

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お盆なので帰省。帰省というけども、引越し先の家と私の関係は薄く、1時間もあれば到着する家に行く(と、そこに家族が住んでいる)という感じがいつまでも抜けない。家族が丸ごと同じ顔をしてこの四角い家にいる。家族たちはこの家に住みこなせていないと感じる。家具の位置がよくないが、口出しをするのは面倒なのでしないでいる。死んだ猫の遺骨が小さな仏壇のような体裁を取り相変わらず部屋の隅にある。これでいいのだろうか。 じいちゃんの墓参り。お墓の管理は年々厳しくなる。昔は食べ物や手紙やおもちゃを置いても良かったのだが、今は一つのカップとお花と線香以外にお供え物を置いてはいけない。火を扱っていい場所はお墓のある区画から少し離れた指定の密閉容器の中であり、火を付けた線香をそこから運んで墓の真ん中にある窪んだ網のところに載せる。線香の火が足りないのでまた付けに行こうとした父を止めて、その場でライターで火を付けた。小さな火がつく。この墓にはじいちゃんだけが入っている。家族にならないと同じ墓に入っちゃいけないのだろうか、とふと疑問に思うけども今もなお調べてはいない。戸籍と墓石で踏める。 家へ戻り、ピアノを弾いて遊ぶ。amaroのピアノがかっこよかったのであんなふうに弾いてみたい。エモい和音教えてよと妹に頼んだら自分で探してと言われた。そう言いながら、妹は子供の頃にもらった手紙の束を出してきて読んでいた。一通だけ見せてくれた手紙には「また遊ぼうね」と3回も書いてあった。実家が引っ越す際に思い出の品をほとんど全部なくしてしまって、何にも持ち物がない。実家のどこに自分のカバンを置いたらいいかわからなくて、部屋の隅の微妙なところに転がす。

2023/08/16

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にきちゃん、橋本君、宮川君という稀有なメンバーで、富士山に登るつもりだったが体力、天気、ノリを突き合わせた末に河口湖へ。ドライブ→ほうとう→氷穴→ブルーベリー狩り→野菜買い食い→足湯→ハーブ館→ラベンダーソフト食べる→バッティングセンター→展望台→ハイキング→ドライブ→灯籠流し→ドライブ→夕飯、と書き出してみると信じられない過密さ。 宮川君は後部座席で新曲を作る。 橋本君は酒を工芸品の域だと語る。 にきちゃんは食欲が爆発。 ひとが食べてるの見るのって最高。 香水とかアロマオイルの店で、みんなで香水を嗅ぎまくった。「シャイガール」と書かれた香水のボトルにはアブリル・ラビーンのジャケみたいな写真がついていた。橋本君が金木犀の香りに狂っている横でイチジクの香水を「なんかうま!うんまい!」と言いながら嗅いでいる。これは?これは?と隣にいる人に香水の染み込んだ綿を刺した棒を嗅がせる遊びが急激に20分間くらい流行る。この旅行で一番面白かった時間を選ぶのなら、この時間かもしれない。 なにかがすごくなにかであるようなことが介在せずに、普通に友達が歩いている。そこにわたしもいる。同じ時間に別のものを見る。同行し合っている。 氷穴の外で眼鏡が白くなっている 坂でお辞儀して傾斜を相殺する 一番後ろを歩く 普通に友達が歩いている